【SR】卵
制服を着替え、鞄の中から、あの卵の人形を取り出した。
さっきは右の脇腹あたりにしかなかった亀裂が、今は背中の腰のあたりにも出来ていた。
まさか……兄もどこかへ行ってしまった、と言うのだろうか?
ブルっと身震いする体を両手で抱え、人形は机の上に置いたまま部屋を飛び出した。
一人が耐え切れず、祖父母の待つ夕食の席へと足早に向かった。
「今日は、お祖父ちゃんは?」
「囲碁クラブの旅行で、おじいさん連中で温泉旅行に出かけたよ。あの人はいっつもそう。自分だけ、好き放題出掛けて、あたしが出掛けることには、口煩く言うからね。」
二人きりの食卓は寂しいものだ。
祖母の愚痴も、今日は何故かありがたく聞こえる。
湯気の上るお茶碗を眺めながら、母のことを思い出した。
今日も帰って来ないのかな……
「美津子さん、今日もいないみたいだね。まったく、あたしの若い時じゃ、嫁が旦那の世話をほっぽり出して家を空けるなんて、考えられなかったよ。なんだか康幸が可哀そうだよ」
父、母、兄、家族四人で最後に食卓を囲んだのは、いつだろう。
口煩い父に、すぐ怒る母だけど、囲んだ食事は温かかった。
引っ越す前は、今より狭い社宅暮らしだった。
でも狭い分、家族の距離はもっと近かった。
お兄ちゃんと一緒の部屋で「一人部屋が欲しい」と駄々をこねたのに、今は一人のあの部屋にいるのが、どうしようもなく嫌だった。
私があんな“おまじない”かけたから……