星の残像は、白に滲む



それから俺は時々星藍先輩に勉強を見てもらうことになった。というのも、小テストをやらされたとき先輩が教えてくれたお陰もあって、かなりいい点数を取れた。

そしたら担任が今度まだ教えてやってくれなんて、受験生の星藍先輩に頼んだのだ。


断ることもできたはずなのに、星藍先輩は律儀に俺の勉強を週に二回みてくれている。

俺が彼女の好きな人に気づいたからか、時折瀬戸先輩の話をこぼすようになっていた。



「周りにとっては最低な人でも、私にとっては支えみたいな人だから」

星藍先輩を通して聞く瀬戸先輩は印象と違っていた。

女癖が悪いのは間違いないけれど、星藍先輩には絶対に手を出さない。

星藍先輩が家のことで悩んでいると、必ずといっていいほど駆けつけてくれる人は瀬戸先輩で、息抜きにといろんなところへ連れ出してくれるらしい。

下手に励まさず、ただ気分が少しでも晴れることを一緒にしようと言ってくれる。
傍にいるだけで、触れることすらないそうだ。


なんとなく、聞いていて思ったのは、瀬戸先輩は星藍先輩との関係を壊せないのではないだろうか。
この人は瀬戸先輩のことが好きだけど、恋愛そのものを避けているように感じる。


好きだと言ってしまえば、去っていく。
そんな気がして、瀬戸先輩は触れることすらできないのかもしれない。

だとしても、彼女を作ったり女遊びをするのは最低なことには変わりないけど。


「……星藍先輩は恋愛が嫌いなんですか」

俺の言葉を聞くと、表情が消えた。
今、きっと聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


「私は恋愛感情って不確かで、信用できないの」
「それって、自分の感情すらもってことですか?」
「うん。実際仁華と付き合いだして距離が少しできてからは前ほど意識しなくなったから」

目を伏せて星藍先輩の長い睫毛が影を作る。

想像している以上にこの人が抱えているものは根深くて、自分すらも信用することを恐れているのかもしれない。

俺の視線に気づいたのかゆっくりと睫毛が上がり、黒い双眸が向けられた。



「恋愛なんてするもんじゃないって、よく私の父も祖母も言ってる」
「えーっと、それは心配だからとか?」
「違うよ。あの人たちは世間体しか気にしてないから。あとは……単純に私の存在が気に食わないの」

さらりと言うけれど、家族の存在を気に食わないというのは引っかかる。瀬戸先輩が気にかけている家庭の問題は、このことと関係があるのだろうか。


「私の親、離婚してるの。珍しいことでもないけど、母が大分奔放な人だったから」

今は星藍先輩はお父さんに引き取られていて、祖母と三人暮らしらしい。
離婚の原因はお母さんの浮気だそうで、祖母はそのことを恨んでおり、星藍先輩を厳しく育てているのだそうだ。

男にだらしなくならないように学生のうちは付き合うなと、それよりも学をつけなさいと、日頃から様々なことに口を出してプレッシャーをかけてくるそうだ。


「最近では痛みもよくわからなくなっちゃった。私、おかしいのかも」
「痛みって、暴力振られてるってことですか?」

先輩は肯定も否定もしなかった。だけど目立った外傷も特にはない。見えないところでなにかされているのかもしれない。

放っておくべきことではないと内心焦っていると、頻繁に暴力を振られるわけではなくて言われたことができないと叩かれるだけだと説明される。

けれど、それも受け入れがたいことだった。



「痛みって、物理的なものじゃないの。……あの人たちは私の心を何度も刺すから、もうなにが悲しいのかよくわからなくて」

学校でも家でも押しつぶされそうなほど周りからの言葉に耐えている彼女は、いったいどこで心を休めているのだろう。

なにか気の利く言葉をかけたいのに思い浮かばない。

黙りこんだ俺に星藍先輩は申し訳なく思ったのか、気にしないでとにっこりと微笑んでくる。


「ごめんね、話しすぎたね」

そして、それ以来家の話をしなくなった。




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