私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~
夢じゃなかった
翌朝、ピピピという電子音で目覚める。
私は目覚めはいい方で、アラームがあれば、たいがい最初のピで起きる。
今日もぱっちりと目覚めたけれど、なんだか体がだるい。
起き上がろうとしたら、がっつり藤崎さんに抱きこまれていた。
(昨日、藤崎さんに何度も……)
うっかり思い出してしまって、顔がほてる。
それに、藤崎さんの綺麗な寝顔が至近距離にあって、朝から心臓に悪い。
「藤崎さん、藤崎さん、朝ですよ!」
呼びかけてみるけど、ピクリともしない。
肩をトントン叩いて呼びかけても反応なし。
(どうしよう?)
しかも、私たちは裸のままで寝てた。
またも昨日のことを思い出し、藤崎さんの契約の恋人になったことが現実だったと思い知らされる。契約の恋人なのに、昨夜の藤崎さんはとても甘かった……。
(なに思い出してるのよ!)
ひとり悶えながらも、とにかく藤崎さんを起こさないと服を着ることすらできない。
仕事に行かないといけないのに。
「藤崎さん! 藤崎さんってば!」
ちょっと乱暴に揺り動かしたり、ほっぺたをピタピタと触れてみたりすると、ようやく「うーん」という呻き声がしたけど、まだ目は開かない。
「藤崎さん、お願い、起きてください!」
また揺り動かす。起きてくれないと困る。そう思いつつ……。
藤崎さんって、朝は弱いんだ。
そんな情報がひそかにうれしい、この複雑なファン心理。
「……東吾」
「え?」
ふいに藤崎さんがつぶやいて、私は聞き返した。
「東吾って呼んでって言ったのに……」
目をつぶったまま、藤崎さんが不満そうに言う。
確かに昨夜はそう言ってたけど、それは睦言の間のことだけじゃなかったの?
それとも、寝ぼけてるのかしら?
「じゃあ、東吾さん、起きて!」
「……キスしてくれたら起きる」
「……藤崎さん、起きてますよね?」
私が低い声で言うと、藤崎さんはにやっとして目を開けた。
「さすがの希でも騙されてくれなかったか……目覚めのキスをしてほしかったな」
「もう、ふざけないでください!」
怒ったふりをすると、後頭部を持たれ、チュッとキスされた。
瞬時に顔が熱くなる。藤崎さんはそれに構わず、伸びをして、ようやく起き上がった。
「ご飯食べる余裕ある?」
「ないです」
「しょうがない。着替えて出ようか」
私たちは身支度をして、車で譜道館に向かった。
朝の渋滞時間は過ぎていて、道はそんなに混んでおらず、ほっとした。
でも、通り過ぎる景色に見覚えがあるようなないような、普段電車しか使わない私には自分の位置がさっぱりわからなかった。
すんなり譜道館に着いて、ここまででいいって言ったのに、藤崎さんはついでだから事務所まで送ってくれると言う。
(誰かに見られたらどうするの?)
そう思ってハラハラする私と裏腹に、藤崎さんはまったく無頓着だった。
一緒に譜道館の中までついてきてくれて、私がカバンを回収するのを見届けた。
「よかったね。ちゃんとあって」
「ありがとうございます。助かりました」
家に戻ってる時間はないので、服はあきらめた。幸い、昨日は事務所に顔を出してないから、気づかれないし。
譜道館から事務所への行き方なら当然わかる。もう一度、ここで別れようとするけど、藤崎さんは私の手を引っ張っていき、車に乗せた。藤崎さんはなかなか強引だ。
車が事務所の近くに来ると、さすがに私にもわかった。
そうすると、今度は誰か知り合いに見られないかとハラハラした。
「じゃあ、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
目立たないように事務所の裏口の道路で車を停めてもらう。
ペコリとお辞儀をして、誰かが来る前に離れようとしたのに──
「あれー? 希ちゃん、彼氏に送ってもらったの? やるね……って、藤崎さん!?」
……あっさり事務所の先輩に見つかってしまった。
(あーあ)
溜め息をついた私に、いたずらっぽく笑った藤崎さんは手を上げて、去っていった。
残された私は、唖然としている先輩の背中を押して、事務所に入った。
先輩の木崎さんは変な噂を立てる人じゃないけど、ちゃんと言い訳をする。
車の中で万が一、誰かに見られたときのためにそれらしい言い訳を必死で考えていたのだ。考えておいてよかった。
「譜道館に忘れ物を取りに行ったら、ばったり藤崎さんに会って、送ってもらっただけですよ」
「なーんだ、そうだったのか。でも、あの藤崎さんに送ってもらうなんて贅沢だなぁ。ずいぶん仲良くなったんだな」
木崎さんは、藤崎さんと私がどうこうなるはずがないと思ったのか、あっさり信じた。
そうよね。
あり得ないよね。
疑うまでもないという先輩の反応に納得しつつも、チクリと胸が痛んだ。
「仲良くまではなってないけど、おかげさまでそれなりに話してくれるようにはなりました」
うん、仲良くはない。嘘はついてない。
そう自分をごまかして、私は無理やり笑みを浮かべた。
先輩から解放されると私は自分のデスクに座って、パソコンを立ち上げ、メールチェックや、郵便物や書類の整理をした。
昨日一日空けていたので、それなりの量が溜まっている。
(そうだ、スマホのチェックもしないと)
昨夜からロッカーに入ったままだった。
カバンからスマホを取り出して見てみると、数件の急がない用事と、TAKUYAから心配するメッセージが来ていた。
(わー、申し訳ない……!)
急いでTAKUYAに返事をする。
昨日譜道館にスマホを忘れてきたのと、体調はもう大丈夫だと。
譜道館ライブ大盛況でおめでとうとも。
自分のことでいっぱいいっぱいでタレントのケアを忘れるなんて、マネージャー失格だ。
反省しつつ、昨日のニュースやSNSをチェックして、TAKUYAのライブが好評だったことにホッとする。
特に、藤崎さんに提供してもらった『ブロッサム』について書かれた記事が多かった。
もちろん、高評価の方で。
自分のことのようにうれしくなる。
五日間のライブなので、今日も譜道館だ。
TAKUYAを迎えに行く時間まで、私は事務仕事を片付けた。
♪♪♪
「ライブ大成功を祝って、かんぱーい」
グラスをカチャンと合わせて、ぐいっと生ビールを飲む。
クリーミーな泡の中からのど越しのいいビールが口に入ってきて、スカッとする。蒸し暑い中で飲むキンキンに冷えたビールは格別だ。
TAKUYAの譜道館ライブが無事終わり、スタッフやスタジオバンドの面々と居酒屋で打ち上げに来ていた。
ライブが終わった高揚感と、お客さんの反応のよさに皆、顔をほころばせていた。
一番疲れているだろうTAKUYAもライブの手応えにニコニコしている。
私もライブが大盛況だったし、明日は休みだし、開放感でいっぱいだった。
TAKUYAはもともと人気は上がってきてはいたけれど、『ブロッサム』のおかげで、藤崎さんファンにも注目されて、新たなファンが目に見えて増えていっていた。
「希さん、本当にありがとう!」
TAKUYAがキラキラした笑顔で握手を求めてきた。
彼は私と同じ二十五歳で、童顔ワンコ系のイケメンだから、若い子にも人気があるけど、主には妙齢のお姉様方のハートをがっつり掴んでいる。
こんな無邪気な表情がグッとくるんだろうなぁ。
握られた手をブンブン振られて、私も笑う。
「えー、なにが?」
手を離したついでに枝豆をつまみあげ、TAKUYAを見る。
お礼を言われることなんてしたっけ?と首をかしげる。
「なにって、『ブロッサム』だよ! あれで、俺、一つ上のステージに上がった気がする! あの曲を取ってきてくれて、本当にありがとう!」
「あー、それね。前にも言ったけど、私が藤崎さんのファンで彼の曲が欲しかっただけなの。私欲でごめんね」
TAKUYAの感謝に複雑な気分になる。
自分が欲しくて、全力で取りに行った曲だ。そのおかげで藤崎さんとは妙なことになってる。
でも、いつも言ってるセリフを繰り返すと、TAKUYAはキラキラな目で笑った。
「それでもいいよ。本当にうれしい!」
TAKUYAは見た目通り、素直でかわいい。
同い年の男性に言う言葉じゃないけど、こんなにスレてなくて大丈夫だろうかとたまに心配になる。
マネージャーの私がしっかりしなきゃと思ってるんだけど、どうやらTAKUYAの方も私に対して同じようなことを思ってるらしい。不可解だわ。
「いやー、でも、よく藤崎さんの曲がもらえたよねー。大手の事務所でも、藤崎さんがうんと言わないとなかなかもらえないって聞いたよ。どうやって口説いたの?」
バンドのメンバーが口を挟んだ。
みんなの視線が私に集まった。
カリスマアーティストの楽曲を手に入れた経緯なんて、みんなが聞きたいだろう。
私でも聞きたいもん。
でも、私がやったのは大したことではなくて話すのも申し訳ないほどだ。
「一年間、藤崎さんにつきまとって口説いたの。最初は口もきいてもらえなかったけど、藤崎さんの曲をどれほど愛してるか熱く語って……。それでも、曲がもらえたのはラッキーだったと思うけど」
「一年かぁ。すごいね」
「口をきいてもらえない状態から、よく曲をもらえるようになったよねー」
「すごい執念!」
口々に褒められてるような呆れられてるような言葉をかけられる。
私はアハハと笑うしかない。
「じゃあ、次の曲をもらえるとしたら、また一年後?」
TAKUYAが少しがっかりした顔で聞いた。
やっぱり次の曲が欲しいよね……。
マネージャーとしても、この勢いを止めたくない。
「うーん、藤崎さん次第かも。もっと早くもらえるかもしれないし」
「ほんと!?」
ワンコが尻尾を振るように、TAKUYAが食いついてくる。目が輝いて、私でもついグッとくるくらいのかわいらしさ。思わず、よしよしとなでたくなる。
そんなうるうるの瞳で見つめられ、手を合わせたTAKUYAにねだられる。
「早くもらえるようにまた藤崎さんを口説いてよ! お願い!」
「わかった。頑張ってみる」
「やったぁ、希さん、大好き!」
「気が早いわよ。もらえるかどうかもわからないのに」
TAKUYAが喜びのハグをしてくる。彼は割とスキンシップ過多だ。
「暑いよ」と笑いながら逃げた。
この間の話だと、藤崎さんはすぐ曲をくれそうだったけど、そんなこと言えない。
それに、あれ以来、藤崎さんから連絡はないし、あの場限りの言葉だったとしてもおかしくはない。契約の恋人と言いつつ、一度私を抱いて好奇心が満たされて、なかったことにされているのかもしれない。
あまり期待を持たせないように、TAKUYAに釘を刺した。
ほどほどにみんなが酔っ払って気分よくなったところで、解散する。
二次会まで行ったけど、私はそんなにお酒に強くないから、ビール二杯とカシスオレンジ二杯をチビチビ飲みながら、場を濁していた。
人によっては浴びるように飲んでいて、飲み放題にしててよかったと会計の時に心から思った。
打ち上げ代くらいは事務所から出るので、しっかり領収書はもらっている。
潰れかけの人をそれぞれのメンバーに託して、私はタクシーでTAKUYAを送り届けた。
TAKUYAは地方出身なので、事務所所有のマンションに住んでいる。
「お疲れさま。ゆっくり休んでね。次は水曜日に事務所に来てね」
「わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
そのまま、タクシーで自分の家に向かった。
着くまでにぼんやりと外を眺める。
(汗をかいてるから、早く帰ってお風呂に入りたいなぁ)
このところ、シャワーばかりだったから、お湯を溜めてのんびり浸かりたい。
明日明後日は休みだから、ゆっくりできるわ。
ライブが始まるまで目まぐるしかったから、久しぶりの休日な気がする。
ふとスマホを見ると、チカチカとランプが光ってた。
なにかメッセージが来ているみたい。
(……藤崎さんからだ)
トクンと心臓が跳ねる。
私は酔いもあり、その情報をどう捉えていいのかわからず、しばし画面を見つめた。
私は目覚めはいい方で、アラームがあれば、たいがい最初のピで起きる。
今日もぱっちりと目覚めたけれど、なんだか体がだるい。
起き上がろうとしたら、がっつり藤崎さんに抱きこまれていた。
(昨日、藤崎さんに何度も……)
うっかり思い出してしまって、顔がほてる。
それに、藤崎さんの綺麗な寝顔が至近距離にあって、朝から心臓に悪い。
「藤崎さん、藤崎さん、朝ですよ!」
呼びかけてみるけど、ピクリともしない。
肩をトントン叩いて呼びかけても反応なし。
(どうしよう?)
しかも、私たちは裸のままで寝てた。
またも昨日のことを思い出し、藤崎さんの契約の恋人になったことが現実だったと思い知らされる。契約の恋人なのに、昨夜の藤崎さんはとても甘かった……。
(なに思い出してるのよ!)
ひとり悶えながらも、とにかく藤崎さんを起こさないと服を着ることすらできない。
仕事に行かないといけないのに。
「藤崎さん! 藤崎さんってば!」
ちょっと乱暴に揺り動かしたり、ほっぺたをピタピタと触れてみたりすると、ようやく「うーん」という呻き声がしたけど、まだ目は開かない。
「藤崎さん、お願い、起きてください!」
また揺り動かす。起きてくれないと困る。そう思いつつ……。
藤崎さんって、朝は弱いんだ。
そんな情報がひそかにうれしい、この複雑なファン心理。
「……東吾」
「え?」
ふいに藤崎さんがつぶやいて、私は聞き返した。
「東吾って呼んでって言ったのに……」
目をつぶったまま、藤崎さんが不満そうに言う。
確かに昨夜はそう言ってたけど、それは睦言の間のことだけじゃなかったの?
それとも、寝ぼけてるのかしら?
「じゃあ、東吾さん、起きて!」
「……キスしてくれたら起きる」
「……藤崎さん、起きてますよね?」
私が低い声で言うと、藤崎さんはにやっとして目を開けた。
「さすがの希でも騙されてくれなかったか……目覚めのキスをしてほしかったな」
「もう、ふざけないでください!」
怒ったふりをすると、後頭部を持たれ、チュッとキスされた。
瞬時に顔が熱くなる。藤崎さんはそれに構わず、伸びをして、ようやく起き上がった。
「ご飯食べる余裕ある?」
「ないです」
「しょうがない。着替えて出ようか」
私たちは身支度をして、車で譜道館に向かった。
朝の渋滞時間は過ぎていて、道はそんなに混んでおらず、ほっとした。
でも、通り過ぎる景色に見覚えがあるようなないような、普段電車しか使わない私には自分の位置がさっぱりわからなかった。
すんなり譜道館に着いて、ここまででいいって言ったのに、藤崎さんはついでだから事務所まで送ってくれると言う。
(誰かに見られたらどうするの?)
そう思ってハラハラする私と裏腹に、藤崎さんはまったく無頓着だった。
一緒に譜道館の中までついてきてくれて、私がカバンを回収するのを見届けた。
「よかったね。ちゃんとあって」
「ありがとうございます。助かりました」
家に戻ってる時間はないので、服はあきらめた。幸い、昨日は事務所に顔を出してないから、気づかれないし。
譜道館から事務所への行き方なら当然わかる。もう一度、ここで別れようとするけど、藤崎さんは私の手を引っ張っていき、車に乗せた。藤崎さんはなかなか強引だ。
車が事務所の近くに来ると、さすがに私にもわかった。
そうすると、今度は誰か知り合いに見られないかとハラハラした。
「じゃあ、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
目立たないように事務所の裏口の道路で車を停めてもらう。
ペコリとお辞儀をして、誰かが来る前に離れようとしたのに──
「あれー? 希ちゃん、彼氏に送ってもらったの? やるね……って、藤崎さん!?」
……あっさり事務所の先輩に見つかってしまった。
(あーあ)
溜め息をついた私に、いたずらっぽく笑った藤崎さんは手を上げて、去っていった。
残された私は、唖然としている先輩の背中を押して、事務所に入った。
先輩の木崎さんは変な噂を立てる人じゃないけど、ちゃんと言い訳をする。
車の中で万が一、誰かに見られたときのためにそれらしい言い訳を必死で考えていたのだ。考えておいてよかった。
「譜道館に忘れ物を取りに行ったら、ばったり藤崎さんに会って、送ってもらっただけですよ」
「なーんだ、そうだったのか。でも、あの藤崎さんに送ってもらうなんて贅沢だなぁ。ずいぶん仲良くなったんだな」
木崎さんは、藤崎さんと私がどうこうなるはずがないと思ったのか、あっさり信じた。
そうよね。
あり得ないよね。
疑うまでもないという先輩の反応に納得しつつも、チクリと胸が痛んだ。
「仲良くまではなってないけど、おかげさまでそれなりに話してくれるようにはなりました」
うん、仲良くはない。嘘はついてない。
そう自分をごまかして、私は無理やり笑みを浮かべた。
先輩から解放されると私は自分のデスクに座って、パソコンを立ち上げ、メールチェックや、郵便物や書類の整理をした。
昨日一日空けていたので、それなりの量が溜まっている。
(そうだ、スマホのチェックもしないと)
昨夜からロッカーに入ったままだった。
カバンからスマホを取り出して見てみると、数件の急がない用事と、TAKUYAから心配するメッセージが来ていた。
(わー、申し訳ない……!)
急いでTAKUYAに返事をする。
昨日譜道館にスマホを忘れてきたのと、体調はもう大丈夫だと。
譜道館ライブ大盛況でおめでとうとも。
自分のことでいっぱいいっぱいでタレントのケアを忘れるなんて、マネージャー失格だ。
反省しつつ、昨日のニュースやSNSをチェックして、TAKUYAのライブが好評だったことにホッとする。
特に、藤崎さんに提供してもらった『ブロッサム』について書かれた記事が多かった。
もちろん、高評価の方で。
自分のことのようにうれしくなる。
五日間のライブなので、今日も譜道館だ。
TAKUYAを迎えに行く時間まで、私は事務仕事を片付けた。
♪♪♪
「ライブ大成功を祝って、かんぱーい」
グラスをカチャンと合わせて、ぐいっと生ビールを飲む。
クリーミーな泡の中からのど越しのいいビールが口に入ってきて、スカッとする。蒸し暑い中で飲むキンキンに冷えたビールは格別だ。
TAKUYAの譜道館ライブが無事終わり、スタッフやスタジオバンドの面々と居酒屋で打ち上げに来ていた。
ライブが終わった高揚感と、お客さんの反応のよさに皆、顔をほころばせていた。
一番疲れているだろうTAKUYAもライブの手応えにニコニコしている。
私もライブが大盛況だったし、明日は休みだし、開放感でいっぱいだった。
TAKUYAはもともと人気は上がってきてはいたけれど、『ブロッサム』のおかげで、藤崎さんファンにも注目されて、新たなファンが目に見えて増えていっていた。
「希さん、本当にありがとう!」
TAKUYAがキラキラした笑顔で握手を求めてきた。
彼は私と同じ二十五歳で、童顔ワンコ系のイケメンだから、若い子にも人気があるけど、主には妙齢のお姉様方のハートをがっつり掴んでいる。
こんな無邪気な表情がグッとくるんだろうなぁ。
握られた手をブンブン振られて、私も笑う。
「えー、なにが?」
手を離したついでに枝豆をつまみあげ、TAKUYAを見る。
お礼を言われることなんてしたっけ?と首をかしげる。
「なにって、『ブロッサム』だよ! あれで、俺、一つ上のステージに上がった気がする! あの曲を取ってきてくれて、本当にありがとう!」
「あー、それね。前にも言ったけど、私が藤崎さんのファンで彼の曲が欲しかっただけなの。私欲でごめんね」
TAKUYAの感謝に複雑な気分になる。
自分が欲しくて、全力で取りに行った曲だ。そのおかげで藤崎さんとは妙なことになってる。
でも、いつも言ってるセリフを繰り返すと、TAKUYAはキラキラな目で笑った。
「それでもいいよ。本当にうれしい!」
TAKUYAは見た目通り、素直でかわいい。
同い年の男性に言う言葉じゃないけど、こんなにスレてなくて大丈夫だろうかとたまに心配になる。
マネージャーの私がしっかりしなきゃと思ってるんだけど、どうやらTAKUYAの方も私に対して同じようなことを思ってるらしい。不可解だわ。
「いやー、でも、よく藤崎さんの曲がもらえたよねー。大手の事務所でも、藤崎さんがうんと言わないとなかなかもらえないって聞いたよ。どうやって口説いたの?」
バンドのメンバーが口を挟んだ。
みんなの視線が私に集まった。
カリスマアーティストの楽曲を手に入れた経緯なんて、みんなが聞きたいだろう。
私でも聞きたいもん。
でも、私がやったのは大したことではなくて話すのも申し訳ないほどだ。
「一年間、藤崎さんにつきまとって口説いたの。最初は口もきいてもらえなかったけど、藤崎さんの曲をどれほど愛してるか熱く語って……。それでも、曲がもらえたのはラッキーだったと思うけど」
「一年かぁ。すごいね」
「口をきいてもらえない状態から、よく曲をもらえるようになったよねー」
「すごい執念!」
口々に褒められてるような呆れられてるような言葉をかけられる。
私はアハハと笑うしかない。
「じゃあ、次の曲をもらえるとしたら、また一年後?」
TAKUYAが少しがっかりした顔で聞いた。
やっぱり次の曲が欲しいよね……。
マネージャーとしても、この勢いを止めたくない。
「うーん、藤崎さん次第かも。もっと早くもらえるかもしれないし」
「ほんと!?」
ワンコが尻尾を振るように、TAKUYAが食いついてくる。目が輝いて、私でもついグッとくるくらいのかわいらしさ。思わず、よしよしとなでたくなる。
そんなうるうるの瞳で見つめられ、手を合わせたTAKUYAにねだられる。
「早くもらえるようにまた藤崎さんを口説いてよ! お願い!」
「わかった。頑張ってみる」
「やったぁ、希さん、大好き!」
「気が早いわよ。もらえるかどうかもわからないのに」
TAKUYAが喜びのハグをしてくる。彼は割とスキンシップ過多だ。
「暑いよ」と笑いながら逃げた。
この間の話だと、藤崎さんはすぐ曲をくれそうだったけど、そんなこと言えない。
それに、あれ以来、藤崎さんから連絡はないし、あの場限りの言葉だったとしてもおかしくはない。契約の恋人と言いつつ、一度私を抱いて好奇心が満たされて、なかったことにされているのかもしれない。
あまり期待を持たせないように、TAKUYAに釘を刺した。
ほどほどにみんなが酔っ払って気分よくなったところで、解散する。
二次会まで行ったけど、私はそんなにお酒に強くないから、ビール二杯とカシスオレンジ二杯をチビチビ飲みながら、場を濁していた。
人によっては浴びるように飲んでいて、飲み放題にしててよかったと会計の時に心から思った。
打ち上げ代くらいは事務所から出るので、しっかり領収書はもらっている。
潰れかけの人をそれぞれのメンバーに託して、私はタクシーでTAKUYAを送り届けた。
TAKUYAは地方出身なので、事務所所有のマンションに住んでいる。
「お疲れさま。ゆっくり休んでね。次は水曜日に事務所に来てね」
「わかった。おやすみ」
「おやすみなさい」
そのまま、タクシーで自分の家に向かった。
着くまでにぼんやりと外を眺める。
(汗をかいてるから、早く帰ってお風呂に入りたいなぁ)
このところ、シャワーばかりだったから、お湯を溜めてのんびり浸かりたい。
明日明後日は休みだから、ゆっくりできるわ。
ライブが始まるまで目まぐるしかったから、久しぶりの休日な気がする。
ふとスマホを見ると、チカチカとランプが光ってた。
なにかメッセージが来ているみたい。
(……藤崎さんからだ)
トクンと心臓が跳ねる。
私は酔いもあり、その情報をどう捉えていいのかわからず、しばし画面を見つめた。