私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

新しい曲

「そういえば、あげられる曲が二曲できたけど、選ぶ?」
「もう二曲も?」
「この間作ってた曲だけど、仕掛りはもっとあるよ。聴いてみる?」
「聴きたいです!」

 「じゃあ、おいで」と藤崎さんに仕事部屋に連れていかれた。
 パソコンの前の椅子に藤崎さんは腰掛けると、手を引いて、私を膝の上に乗せる。

「なんでこんな体勢で?」
「僕が楽しいから」

 私の抗議の目をものともせず、藤崎さんはパソコンを操作して、曲を流し始める。

 メロディが流れ始めて、慌てて居ずまいを正す。
 膝の上だけどね……。
 流れてきたのは、藤崎さんの歌付きの曲だ。

 ひとつは、この間、歌ってくれた『寝顔』というほのぼのとしてかわいらしい歌。

 もうひとつは、ちょっと哀愁を帯びたメロディで、片想いの女の子を思う切ない男の子の心情を歌ったバラード。
 まだタイトルはないらしい。

 どちらも、ブロッサムの続きの場面と言って通るようなキュンとする恋の歌。

「どちらもすごくいいですね」
「どっちが欲しい?」

 どっちも捨てがたいけど、ブロッサムが初恋の喜びを歌った陽の歌だったから、次の曲は、後者の恋の切なさを歌った陰の歌の方がTAKUYAの展開に深みが出る気がする。
 『寝顔』という曲も癒し系のTAKUYAの雰囲気にぴったり合ってるんだけどね。
 なにより二曲目のほうが私の心に響いた。
 職権乱用だけど、どうせ誰にも相談できないから、独断と偏見で決めてしまった。

「じゃあ、二曲目の方をください」
「了解。タイトルはまたあとで考えるよ」
「ありがとうございます!」

 藤崎さんは早速CDに焼いて、渡してくれる。

(こんなにあっさり藤崎さんの曲をもらっちゃっていいのかな?)

 うれしいけど、心配になっていると、藤崎さんが言った。

「細かいところは佐々木と相談してね」
「わかりました。リリースのタイミングはお任せしてもらっていいですか? ちょっと先になると思うんですが」
「いいよ。『ブロッサム』が流行ってる間は、それで行きたいもんね」
「そうなんです。ありがとうございます!」

 TAKUYAも社長も喜ぶなぁ。
 でも、しばらくは隠しておかないと、こんなにすぐ曲がもらえるのはどう考えても怪しまれるよね。
 佐々木さんにも相談しないと。

 藤崎さんのマネージャーの佐々木さんは、敏感マネージャーで美人でかっこいい。
 確か、藤崎さんと同い年だって言ってたけど、二人が並ぶと本当に絵になって、見惚れてしまうくらいだ。
 二人とも独身だし、お似合いだから、昔から藤崎さんとの噂が絶えない。

 前に勇気を出して聞いてみたことがあったけど、二人とも顔を見合わせて「ないない!あり得ない!」と異口同音に言っていた。
 でも、わかり合ってる様子は心底うらやましい。
 そういえば、藤崎さんをまだ口説いている間に、なぜか佐々木さんに気に入られて、ずいぶん融通を効かせてもらった。藤崎さんのスケジュールをこっそり教えてもらったおかげで、かなりの頻度で藤崎さんを捕まえて話ができた。藤崎さんを説得できたのも、佐々木さんのおかげだ。佐々木さんとは『ブロッサム』をもらう過程でも何度もやり取りをしていて、頼れる先輩のようだった。
 
(……だとしても、今の状況は相談できないなぁ)

 佐々木さんに曲のことを話すタイミングも考えなくちゃ。
 そう思っていたら、藤崎さんが私の頭をなでて、言った。 

「僕はもう少し曲を進めるけど、希はもう寝てていいよ。疲れたでしょ?」
「あまりお邪魔してもいけないし、そうさせてもらいます」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 藤崎さんは、軽くキスをして、私を解放してくれた。

 仕事部屋を出て、藤崎さんの寝室に向かう。
 藤崎さんのベッド。
 今日は使ってないから、きれいにベッドメイキングされている。

(やっぱりここで寝るのよね?)

 モソモソとタオルケットにくるまる。ほのかな藤崎さんの香りに包まれて、目を閉じた。


 翌朝、目覚めると、藤崎さんの抱き枕にされていた。
 胸もとに彼の顔があって、腰に手を回されている。
 ぐっすり寝てて、藤崎さんがベッドに入ってきたのも気づかなかった。
 こんな状態で熟睡できるなんて、私ってけっこう図々しいわね。

(藤崎さんは何時に寝たのかな? 遅かったのかな?)

 起こさないようにそっと、目に掛かっていた髪を払ってあげる。

 綺麗な寝顔。
 睫毛が驚くほど長くてクルンと上を向いている。
 唇は微かに笑っているように上向きのカーブを描いている。
 気持ちよさそうに寝息を立てる藤崎さんにキュンとなる。

 あの藤崎さんのこんなに近くにいて、一番に曲を聴かせてもらえるなんて、こんなラッキーなことがあるかしら?
 しばらくはなにも考えず、この幸運に浸っていよう。


 しばらく藤崎さんの寝顔を堪能していたけど、そろそろ起きたい。
 そっと藤崎さんの腕から抜け出して、寝室を出る。

 顔を洗って、昨日買ってもらったワンピースを着た。
 藤崎さんがたまたま手に取ったワンピースだったけど、すごく好みでかわいい。
 でも、それだけにとても高かった。

(自分では絶対買わないなぁ。そんなものを買ってもらってしまって、なんだか申し訳ない)

 次はちゃんと着替えを持ってこようと反省した。

 お腹が空いたから、昨日買ったパンをもらうことにする。
 好きに使ってと言ってくれたから、コーヒーも淹れて、朝食にする。
 パンはさすが人気店。どれもおいしかった。

 テレビをつける。
 平日の今の時間は、ニュース番組ばかり。
 流行ってるものの特集で、動画サイトの「#歌ってみた」で取り上げられて、スマッシュヒットになった曲を紹介していた。
 最近、そういうの多いよね。
 SNS発信とか、本当に侮れない。

 ふと思った。
 『ブロッサム』もそれでバズってるけど、次の曲と連動させられないかしら?
 せっかく『ブロッサム』の続きみたいだから、完全にストーリー仕立てにして売り出すのはどうかな?

 あの男の子の恋は実るのかしら?
 片想いが続くのかしら?
 想像していくと楽しい。
 TAKUYAにもらう歌だけじゃなくて、ほかのアーティストに提供する曲でもいいから、同じ世界観で完結編がほしいなぁ。
 藤崎さんの中には構想とかあるのかな?
 彼が起きたら、聞いてみよう。

 そんなことを考えながら、テレビを見ていると、藤崎さんが起きてきた。
 まだぼーっとしていて、なんだかかわいい。
 こんな藤崎さんが見られるのも役得だ。

「おはようございます」
「……おはよう」
「昨日、遅かったんですか?」
「んー、寝たの四時くらいかな?」

 あくび混じりに答えてくれる。
 そんなしぐさでも美形がやるともの憂げで色っぽい。

「そんなに遅かったんですね。まだ寝てたらいいのに」
「せっかく希が来てるのに、もったいない」
「私はそんなレアな存在じゃないですよ……」
「いや、僕にとっては得難い存在だよ」

 人を喜ばせることを臆面もなく言うんだから、もう。
 熱くなった頬をごまかすように、話題を変えた。

「コーヒー飲みますか?」
「飲む」

 コーヒーを淹れにキッチンに向かおうとしたら、ソファーに座った藤崎さんに捕まった。
 私を抱き込んで、匂いを嗅ぐように髪に顔を埋める。

「藤崎さん、コーヒー淹れられませんよー」
「んー」

 その体勢でうとうとしてるようだ。かわいい。

「藤崎さーん、寝るならベッドで寝てください」
「希が一緒に寝てくれるならいいよ……」
「寝ませんよー。私は目がパッチリです」
「……君は本当につれないなぁ」

 藤崎さんは私を離して、後ろにもたれて、目を閉じた。
 今のうちにと、私はキッチンに逃げ出した。

「パン食べますか?」
「食べる」

 コーヒーを淹れて、パンを焼いて、簡単にサラダと目玉焼きを作って、テーブルに運んだ。

「できましたよ」

 藤崎さんは目を開け、テーブルの上を見て、うれしそうに微笑んだ。
 「希の手料理だ」と。
 こんなので喜んでくれるなんて、藤崎さん、ちょろすぎます……。
 照れかくしにさっきの構想を話してみる。

「そういえば、もらった曲なんですが、『ブロッサム』の続きの歌として売り出してもいいですか?」
「続き?」

 コーヒーを飲みながら、藤崎さんが興味深そうな目で私を見る。
 何気ない流し目にいちいちドキッとする。
 動揺を静めて説明する。

「『ブロッサム』で恋を知った男の子が、次の曲では恋の切なさを歌って、次の歌ではその結末が……ってするとおもしろいかなと思って。あ、最後の歌はTAKUYAの歌でなくてもいいんですが」

 さっき考えていたストーリー仕立ての連作の話だ。
 藤崎さんはアイディアが浮かんだのか、だんだん楽しげな表情になって、「いいね」と言ってくれた。目が輝きだして、うずうずしたのか、食べかけで席を立った。

「じゃあ、さっきの曲をちょっと手直ししていい?」
「もちろんです!」

 続きっぽく直してくれるみたいで、ワクワクする。
 そして、私のアイディアを採用してくれたことにも感動する。
 藤崎東吾の曲作りに参加してるみたい。

 なにか思いついたようで、藤崎さんがハミングを始める。
 
「うん、いい!」

 目が輝いて、それに見惚れていると、いきなり抱きあげられた。藤崎さんは歌いながら、私を腕にぐるりと回った。

「ちょっと、藤崎さん!」

 振り回された私は慌てて彼の首もとに腕を回して掴まる。
 ハハハッと笑った藤崎さんはそのまま私を仕事部屋に運んだ。
 パソコンの前に腰を下ろすと、また膝の上に私を乗せる。

「君は本当にすごいね。本物のミューズだ。頭の中で曲がどんどんできていくよ。アウトプットする暇がないくらい」
「それは大変! 忘れないでくださいね!」
「忘れても、また新たな曲が浮かんでくるから大丈夫だよ」

 藤崎さんは機嫌よく笑った。
 そう言いながら、カチャカチャとパソコンを操作して、どんどん曲を作っていく。
 私が膝に乗ってたら、やりにくいだろうに、下りようとするとはばまれる。
 結局、藤崎さんが納得するまで、膝の上にいた。


「そういえば、『ブロッサム』の男の子の恋は成就するんですか?」
「それはどうかな……。僕にもわからない」

 休憩中に聞いてみると、藤崎さんは私の頬をなでながら、遠い目をする。
 構想を練っているのかな。
 あの男の子の心情になっているのか、その顔は切なそうだった。
 
 その後、いろいろと話しているうちに、アルバムの曲はゆるく同じ世界観で繋がっていて、その中で生きる人々を取り上げてもいいなと藤崎さんが言ってくれた。
 『ブロッサム』のセルフカバーを冒頭に、相手の女の子側の歌だったり、男の子に片想いをしてる女の子の歌だったり、と世界が広がっていく。

 こんなふうに曲作りに関わっていけるのはうれしい。
 幸せな気分で、その日を過ごした。

< 19 / 35 >

この作品をシェア

pagetop