私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

嫌な予感

「そういえば、水曜日ですけど、接待なので来れません」
「その翌日は休みじゃなかった?」
「そうです」
「じゃあ、接待の後、おいでよ」
「でも、何時になるかわかりませんし」
「なおさらおいで? 何時でもいいから。気になるし」
「うーん、でも、長谷川さんってなかなか帰してくれないし、朝方になっちゃうかもしれないですし……」
「長谷川さんって、『ミュージックディ』の長谷川さん?」

 急に心配そうな顔になって、藤崎さんが聞いてきた。
 仕事のことは滅多に聞いてこないのに、めずらしい。

「そうですよ。『One-Way』を売り込む予定なんです」

 長谷川さんは『ミュージックディ』という人気音楽番組のプロデューサーだ。
 できれば特集という形でスタジオライブができたらいいなと思って、社長と一緒に接待することになっている。

「長谷川さんは手癖が悪いっていうか、よくない噂があるから気をつけてね」
「社長も一緒だから大丈夫ですよ」
「それならいいけど……。念のため、お店の場所は?」
「赤坂のスペイン料理屋さんでご飯を食べて、長谷川さんの行きつけのバーで飲む予定です。予約は長谷川さんがしてるから、名前を覚えてないですけど、外堀通りから一本入った飲み屋街あるでしょ? その辺りです」
「そんなヤツの行きつけなんか行かせたくないなぁ」
「大丈夫ですって」

 私も悪い噂は聞いている。
 それどころか、今までも二人で飲みに行こうと誘われたこともある。断ってもわりとしつこくて、粘着質な態度に生理的に拒否感がある。
 だから、社長に同席してもらって、絶対に二人きりにならないようにしている。
 藤崎さんは気になるようで、なおも言いつのる。

「今のTAKUYAくんの人気や話題性なら、接待なんてしなくても呼ばれるんじゃない?」
「そうかもしれないけど、できることはやっておきたいんです」
「そっか」

 ようやく藤崎さんは納得してくれて、えらいねというように頭をなでてくれた。

「くれぐれも気をつけて、頑張ってね」
「はいっ!」

 明日は仕事なので、ほどほどの時間にお風呂に入って、藤崎さんの腕に包まれ、眠りについた。
 こんな贅沢に慣れないようにしないとって思っていたけど、気がつくとすっかり慣れてしまった。



 それからまた忙しい日が続いた。

 まもなく『One-Way』をリリースする日が来るのだ。
 「藤崎東吾が提供する第2弾は、あの大ヒット作『ブロッサム』の続きの歌!」という触れ込みで、一斉に話題になるように仕込みをしている。
 ストーリー性がわかるように、プロモーションビデオは人気アニメーターに曲中の男の子と女の子のイメージキャラをデザインしてもらい、動画を作ってもらった。
 その映像とTAKUYAの甘い声が、すごくマッチしていて、とても良い出来になった。

 それをサンプリングとして、テレビ局などのメディアやタワレコなどのショップのバイヤー、インフルエンサーにばらまく。
 思った通り、前評判は上々でとても期待できた。

 そうこうするうちに、接待の日が来た。
 社長とタクシーで長谷川さんを迎えに行き、スペイン料理屋に向かう。
 白い壁に色とりどりのモザイクタイルが散りばめられた店内は本格的で、中央にちょっとしたステージまである。照明は暗く、ムーディーだ。
 ここは長谷川さんが好きな店で、なんと目の前でフラメンコを踊ってくれるのだ。
 コースの料理は正直、そんなにおいしいとは思わなかったけど、目の前で繰り広げられるショーは圧巻だった。
 情熱的な音楽、ダンッダダンッという足踏みの振動に、キレのあるダンス。鮮やかなスカートがひらひら舞う。
 接待ではあるものの、純粋に楽しめた。
 
(こういう音楽もカッコいい。藤崎さんと一緒に見たいなぁ)

 そう考えてしまって、私たちはそんな関係じゃなかったと思いなおす。現に、外食をしたことはない。
 契約の恋人だもん。そんな必要はないよね。
 私の役目は、藤崎さんの家に通って、求められるままに応じること。それだけ。
 なにを考えてるのかしら、私は。
 それに、うかつに藤崎さんと外に出て、スクープでもされたら大変だわ。
 溜め息をついて、接待に意識を戻した。 

 長谷川さんも赤ワイン片手に満足そうだった。
 どうやらお気に入りのダンサーがいるみたいで、その踊りを見て、ニコニコしていた。

「希ちゃんもあんなヒラヒラなドレス着てみたくない? 似合うと思うよ」
「私なんて、ちっちゃいですし、全然似合いませんよ。素敵だと思いますけど」
「そうかなー。意外と胸おっきいし、似合うんじゃない?」
「いえいえ、私、あんなスタイルよくないですし、ドレスに着られちゃいます」

 笑ってセクハラ発言をスルーする。
 じりじりと寄ってきて、ジロジロと胸を見られるのも気持ち悪いけど、気づかない振りをする。
 踊り終えたフラメンコダンサーが長谷川さんのところに来て、しばらく親しげに話していた。
 満足した様子の長谷川さんに社長が声をかけた。

「フラメンコも終わったことですし、次の店に行きましょうか」

 長谷川さんが機嫌よくうなずいた。

「ああ、そうだね。雫を予約してるよ。近いから歩いて行けるし」

 そうだ、長谷川さんの行きつけのバーは雫という名前だった。
 私は会計を済まして、長谷川さんの後に続く。
 社長はうまいこと長谷川さんの機嫌をとりながら、バーへ連れて行った。

 雫はカウンターしかない小さなバーで、私たち以外の客はいなかった。
 ぐっと照明が落とされた隠れ家的なつくりで、中年のバーテンダーがグラスを磨いていた。
 長谷川さんを真ん中に左右に社長と私という配置で座る。
 座面の高いカウンターチェアーは苦手だなと思いながら。

「まずはカンパーイ!」

 頼んだカクテルが揃うと、長谷川さんがそう言って、ジントニックをグイッと飲み干す。
 社長もそれに付き合って、ぐいっと飲んだ。
 私はカシスオレンジをチビチビと飲む。

「あれ? 希ちゃんってお酒弱いの?」

 長谷川さんが私を覗き込んできた。

(近いよ!)

 ゾゾッとして、微妙に避けながら、「そうなんです。全然飲めないわけじゃないのですが」とうなずく。

「営業するなら、もっと飲めないと! 飲む練習する?」
「いいえ、大丈夫です」

 やたらとお酒を勧めようとするので、やんわりと断る。
 その間に、長谷川さんと社長は三杯目も飲み干している。
 社長はザルだから大丈夫だと思うけど、さすがにピッチが早くない?

 心配した通り、四杯目を飲み干したところで、社長がグラグラと揺れるようになった。

「あらら、石田さんは酔っ払っちゃったみたいだね」

 長谷川さんが笑って揺れている社長をカウンターに寝かせた。
 おかしい。
 あの社長がカクテル四杯で酔うはずがない。

 警戒を強めた時、私もクラッと来た。

(えっ?)

 いくらお酒に弱くても、カシスオレンジをグラス半分で酔うはずがない。
 それなのに、眠くて眠くてたまらない。

「あれあれ、希ちゃんも酔っちゃった?」

 長谷川さんがうれしそうに言う。
 その下卑た表情に嫌悪感を覚えつつ、かぶりを振る。

「いいえ、ちょっと気分が悪くなったので、失礼させてもらっていいですか?」
「気分が悪いなら、休んでいかないと!」

 長谷川さんが介抱するフリをして、私を抱えようとする。

(イヤッ!)

 その手を振り払おうとするのに、身体は重く、言うことを聞かない。
 気を張ってないと目もつぶってしまいそうになる。

(まさか何か飲まされた……? どう考えてもおかしいわ)

 藤崎さんに気をつけるよう言われたのに、気がつくと私は長谷川さんに抱えられて、店の奥へ連れて行かれそうになっていた。

(ヤダヤダヤダッ!)

 必死に抵抗するけど、簡単に押さえ込まれる。
 それどころか、耳を舐められ、胸を揉まれ、ゾッとする。

(やめて!)

 バーテンダーに助けを求めようとするけど、目も合わせてくれない。
 まさかグルなの?

(だれか、たすけて……!)

 声も出なくて、懸命に抗いながら、心の中で叫んだ。
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