私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~
僕が困るんだ
藤崎さんを起こさないように、そろりとその腕から抜ける。
服を着て、リビングのソファーに膝を抱えて座った。
(藤崎さんにずいぶん迷惑をかけちゃったな。佐々木さんにもあとでお礼を言っておかないと)
佐々木さんがいなかったら、間に合わなかったかもしれない。
想像してしまって身震いする。
嫌なイメージを頭から追い出そうと、藤崎さんの綺麗な寝顔を思い出す。
目を閉じていても、整った綺麗な顔。
あんな素敵な人が私の腕の中で甘えるように寝ていた。
とてつもなく贅沢だ。
しばらくそれに浸っていると、気分が変わった。
カバンからスマホを出して見る。
藤崎さんから何件も着信、メッセージが届いていて、彼の焦りを感じて、胸が痛んだ。
その後に、社長と佐々木さんから着信とメッセージが来ていた。
社長はやっぱり謝っていて、藤崎さんが伝えてくれた通り、明日は休んでいいという連絡だった。
佐々木さんはとにかく心配してくれてて、『何かあったらいいカウンセラーとか紹介できるから。まぁ、東吾がそばにいれば大丈夫かもしれないけど(笑)』と書いてくれていた。
ここにいるのが、すっかりバレてる。
でも、その気遣いを有り難く思う。
二人にお礼と大丈夫だと返信をした。
明日もお休みをもらったけど、『One-Way』のリリースが一週間後に迫っている今、正直休むのはつらい。
渾身のCMも明後日から始まる予定だ。
やることは山ほどある。
『明日は普通に働けます』と追加で社長に連絡した。
最後の追い込みをしなくっちゃ。
ちなみに、『ミュージックディ』は謝罪の意味もあって、TAKUYAの大特集を組んでくれるらしいとの社長からの返事が来た。
他にも『ミュージックディ』のテレビ局が全面応援してくれることになったと。
社長がねじ込んだんだろうなぁ。
さすがやり手だ。転んでもただでは起きない。
っていうか、社長は睡眠薬で眠らされていたはずなのに、起きてすぐ、こんなに動き回っていたんだ。
私も気を取り直して、明日からバリバリ働こうと意気込んだ。
眠ってばかりで、時間の感覚がなくなってたけど、時計を見たら、十三時過ぎだった。
(お腹空いたな)
キッチンへ行くと、パンの袋があった。このところ、家政婦の丸野さんに買ってきてもらってるらしい。私の好きなパンが揃っていて、ほっこりする。
冷蔵庫から材料を出して、サラダや目玉焼きを作って、コーヒーを淹れた。
焼いたパンをお皿に出して、一人でブランチをした。
すっかり勝手知ったる他人の家になっている。
食べ終わって、スマホでネットを見たけど、さすがにまだ今回のことはニュースにはなってなかった。
長谷川さんのことが表沙汰になったら、『ミュージックディ』も番組休止になっちゃうかもしれないな……。
番組自体はいいのに、残念だな。
テレビをつける。
情報番組がやっていた。
素敵なカフェやレストランを紹介してる。
ちょうどここ恵比寿の特集が組まれていた。
(この辺はオシャレなカフェとかいっぱいあるんだろうなぁ)
そういえば、藤崎さんと行くのは論外としても、ここに来る前後にカフェに寄ってもよかったのに、ここと会社を家を往復するだけで、考えもしなかった。
駅ビルでさえ、藤崎さんと行ったとき以来、のぞいていない。
(今度寄ってみようかな)
そんなことを思っていたら、おいしそうなケーキが次々出てきて、ついチェックしてしまう。
ここに来る時とか、家に帰る途中でケーキを買うのはありかも。
「あー、これ、おいしそう!」
変わり種のチーズケーキと紹介されていたものに目が釘付けになり、慌ててスマホにメモる。
「なにメモったの?」
ふいに声をかけられて、飛び上がる。
いつの間にか、藤崎さんが起きてきて、後ろから覗き込んでいた。
「びっくりしたー。もう起きちゃったんですか?」
「うん。少し寝たら、すっきりした。それに隣に希がいないから……」
「ごめんなさい。寝すぎで、お腹空いちゃって」
また、藤崎さんに心配をかけちゃったようで、私は謝った。
それを笑って流して、藤崎さんはまた聞いてきた。
「で、なにがおいしそうなの?」
「今、恵比寿のおいしいケーキ屋さんが紹介されてたから、帰りに寄ろうかと思って」
「どこ?」
「ア・テンポってお店です。ここみたいです」
私はスマホで地図を見せる。
例によって、私はこことの位置関係がいまいちわかってなかったけど、藤崎さんはぱっとわかったようで、なるほどとうなずいた。
「すぐ近くだね。行ってみる?」
「藤崎さんって、ケーキ食べるんですか?」
「あれば食べるよ。ちょうど腹が減ったし、買いに行こうよ」
「でも……」
「僕だって買い物もするし、外食もするから大丈夫だよ」
藤崎さんはためらってる私を急かして、外に出た。
私に気分転換させてくれるつもりなのかもしれない。
藤崎さんはいつもの通り、変装することなく、生成りの長袖Tシャツにカーキのカーゴパンツを合わせたラフな格好だった。どんな姿をしていても結局かっこよくて目立つのは変わりないんだけど。
秋口になって、急に肌寒くなってきた。
街路樹のイチョウも黄色く色づき始めて、これがぜんぶ黄色になったらきれいなんだろうなと思う。
こないだまで暑くてたまらなかったのに、時が経つのは早い。
藤崎さんと一緒にいられるのはいつまでなんだろう……。
そばにいるのに感傷的になってしまう。
(上着を持ってくればよかったな)
さりげなく腕をさすっていたら、藤崎さんに見つかった。
「寒い?」
そう言うなり、藤崎さんが私の肩を抱いて自分に引き寄せた。
くっついてる部分が温かいけど、これは恥ずかしい。
私が離れようとすると、離さないというように、ぎゅっと力を入れられた。
「藤崎さん! これはさすがにやばいでしょ!」
「なにが?」
「写真とか撮られたら……」
「大丈夫だって」
私がじたばたしているのに、藤崎さんは涼しい顔でカフェに向かった。
駅と反対側に五分くらい歩いたところに、そのお店はあった。
白いタイル張りの壁に、大きなガラス窓があって、そこに白いチョークで英文が書いてあるのがオシャレだった。
中に入ると、板張りの床にコンクリート打ち放しの壁のスタイリッシュな内装。勝手に恵比寿っぽいと思う。
カフェ部分とケーキ販売の部分に分かれていて、カフェ部分には行列ができていた。やっぱり人気のお店らしい。
「カフェは並んでるから、買って帰りましょうね」
「そうだね」
店内は女の子ばかりで、藤崎さんが現れるとざわついた。
目をハートにして藤崎さんを見たあとにチラリと私に飛んでくる視線が気になって仕方がない。こそこそと私たちを見比べている気配がする。
(つり合わないよね。わかってる。大丈夫。ただの契約の関係だから)
自嘲の笑みが洩れる。
藤崎さんと外に出るといつも思ってしまう。
当の本人は全く頓着せずに、ケーキのショーウィンドウを見ていた。
「どれにする?」
「テレビで紹介してたのは、このチーズケーキだったんです。ちょっと変わってるみたいで。でも、チョコレートケーキも和栗モンブランもおいしそう!」
「全部買えばいいんじゃない? それぞれ味見すればいい」
藤崎さんがとても魅力的な提案をしてくれた。
遠慮していた私は目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「いいよ。めちゃくちゃうれしそうな顔をしてるね」
藤崎さんに笑われた。
(そんなに顔に出てた?)
恥ずかしくなって、目を逸らすと、「かわいい」と、すーっと頬をなでられた。
声にならない悲鳴があちこちから聞こえてきた。
かあっと顔に血がのぼる。
(もう! なに言ってるんだか!)
結局、ケーキを三個買ってもらった。
帰りは頬がほてったままだったので、寒さを感じず、あっという間に家に着いた。
さっそくコーヒーを淹れて、ケーキをお皿に盛る。
「どれを食べますか?」
美味しそうなケーキにワクワクしつつも、私はどれも気になって選べないので、藤崎さんに選択をゆだねた。
「君が一口ずつ食べて、気に入ったのを食べればいいよ」
「でも……」
それでは藤崎さんに残り物を食べさせるみたいで申し訳ない。
私が躊躇していると、藤崎さんは苦笑して、チーズケーキを一口切り、口に入れた。
「おいしいよ」
私にも一口差し出してくる。
思わず、パクっと食べる。
「おいしーい!」
テレビで言っていたように、ベイクドチーズケーキの中にクリームチーズの塊が入ってて、二つの食感と味を楽しめる。その濃淡のチーズの味のバランスが絶妙だった。
「次はチョコレートケーキ」
そう言って、また一口差し出された。
素直に口に入れる。
「うわぁ、濃厚! これも好みかも!」
濃厚なチョコレートムースの間に、ラズベリーソースが挟まっていて、甘酸っぱい。
身悶えして、おいしさを伝える。
藤崎さんは笑って、最後にモンブランを差し出してくれた。
「これはすごくクリーミィ。下の生地のサクサクが独特で、これもおいしいです」
「どれどれ」
藤崎さんはいきなり口づけてきて、舌で私の口の中を味わった。
「うん、おいしいね」
「もう! ケーキを食べてくださいよ!」
にやにや笑う彼に抗議する。
「それで、どれが一番好きだった?」
「うーん、どれも捨てがたいです……」
私はこういうのは意外と優柔不断で決められない。
真剣に悩む私に結論が出そうにないと思ったのか、藤崎さんは「全部半分ずつにしようか?」と言ってくれた。
すばらしい提案ににこにこしてしまう。
「はいっ!」
「いい返事だね」
藤崎さんはまた笑った。
二人でケーキをつついていたけど、藤崎さんがたびたび私の口にケーキを放り込むから、半分以上私の口に入った。
「あー、お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」
とても満足した私は幸せな笑みを浮かべた。
(久しぶりにケーキを食べたなぁ)
うっとりと反芻している私を見て、藤崎さんが笑った。
「君がこんなにケーキが好きだって、知らなかったよ。また今度買ってこよう」
「はい! でも、あんまり食べると太っちゃいます。ただでさえ、最近食べすぎな気がするのに」
普段、仕事で疲れていて、ちゃんとしたものを食べないで寝てしまうことも多かったのに、藤崎さんのところに来ると、しっかりした夕食が用意されているから、前よりいっぱい食べるようになっている。
藤崎さんの前では、せめて見苦しくなくありたい。そう思ったのに、彼はあっさりと肯定する。
「抱き心地がよくなって、いいんじゃない?」
そんなことを言いながら、私を抱き寄せ、ぷにぷにと二の腕を掴む。この感触がいいねなんて言うから、思わず聞いてしまった。
「藤崎さんって、ぽっちゃり系が好きなんですか?」
「いや? 希だったらなんでもいい」
「!」
(……なんてことを言うんですか!)
誤解するようなことは言わないでほしい。
私がどうあれ、曲が湧いてくるから、なんでもいいってことでしょう?
自分を必死でなだめるけど、顔が熱くなるのは止めらない。
黙り込んだ私を藤崎さんが見つめる。
からかうわけでもなく真剣な表情に、どうしていいかわからない。
その視線に耐え切れず、「お皿を片づけてきます」と立ち上がり、キッチンに逃げこんだ。
お皿を食洗器に入れて戻ってくると、藤崎さんが怖い顔をしてテレビを見ていた。
そこには長谷川さんが逮捕されたニュースが流れていた。
詳細が語られる前に、プツっとテレビが消される。
そして、私を膝に座らせると真剣な表情で藤崎さんは言った。
「希、しばらくはここから会社に通いなよ」
「でも……」
「脅すわけではないけど、どんな反動があるかわからない。一人にならない方がいい」
一人で自分の部屋に帰るのを想像する。
ここと違って駅から少し離れてるから暗い道も通る。
部屋にいても、何か物音がしたら気になってしようがなくなるだろう。
考えただけで怖い。
(だからと言って、藤崎さんに頼っていい理由にはならない……。私は契約の恋人なだけなんだから)
そう思うのに、藤崎さんは私の身体を引き寄せて、顔を覗き込む。
私の頬をなでて、苦笑する。
「そんな顔するくらいなら、ここにいなよ。……いや、言い方を変えよう。僕の心の平穏のためにここから通ってよ。じゃないと心配で心配で曲作りもできない。希の会社に押しかけていってしまうかもしれない」
胸がきゅうとしめつけられて、涙が出そうになる。
優しい優しい藤崎さん。
そんなことを言われると甘えてしまう。
「……それは問題ですね」
「そう。僕が困るんだよ」
「わかりました。じゃあ、お世話になります」
「じゃあ、目一杯お世話します」
藤崎さんが笑って、チュッと軽いキスをした。
服を着て、リビングのソファーに膝を抱えて座った。
(藤崎さんにずいぶん迷惑をかけちゃったな。佐々木さんにもあとでお礼を言っておかないと)
佐々木さんがいなかったら、間に合わなかったかもしれない。
想像してしまって身震いする。
嫌なイメージを頭から追い出そうと、藤崎さんの綺麗な寝顔を思い出す。
目を閉じていても、整った綺麗な顔。
あんな素敵な人が私の腕の中で甘えるように寝ていた。
とてつもなく贅沢だ。
しばらくそれに浸っていると、気分が変わった。
カバンからスマホを出して見る。
藤崎さんから何件も着信、メッセージが届いていて、彼の焦りを感じて、胸が痛んだ。
その後に、社長と佐々木さんから着信とメッセージが来ていた。
社長はやっぱり謝っていて、藤崎さんが伝えてくれた通り、明日は休んでいいという連絡だった。
佐々木さんはとにかく心配してくれてて、『何かあったらいいカウンセラーとか紹介できるから。まぁ、東吾がそばにいれば大丈夫かもしれないけど(笑)』と書いてくれていた。
ここにいるのが、すっかりバレてる。
でも、その気遣いを有り難く思う。
二人にお礼と大丈夫だと返信をした。
明日もお休みをもらったけど、『One-Way』のリリースが一週間後に迫っている今、正直休むのはつらい。
渾身のCMも明後日から始まる予定だ。
やることは山ほどある。
『明日は普通に働けます』と追加で社長に連絡した。
最後の追い込みをしなくっちゃ。
ちなみに、『ミュージックディ』は謝罪の意味もあって、TAKUYAの大特集を組んでくれるらしいとの社長からの返事が来た。
他にも『ミュージックディ』のテレビ局が全面応援してくれることになったと。
社長がねじ込んだんだろうなぁ。
さすがやり手だ。転んでもただでは起きない。
っていうか、社長は睡眠薬で眠らされていたはずなのに、起きてすぐ、こんなに動き回っていたんだ。
私も気を取り直して、明日からバリバリ働こうと意気込んだ。
眠ってばかりで、時間の感覚がなくなってたけど、時計を見たら、十三時過ぎだった。
(お腹空いたな)
キッチンへ行くと、パンの袋があった。このところ、家政婦の丸野さんに買ってきてもらってるらしい。私の好きなパンが揃っていて、ほっこりする。
冷蔵庫から材料を出して、サラダや目玉焼きを作って、コーヒーを淹れた。
焼いたパンをお皿に出して、一人でブランチをした。
すっかり勝手知ったる他人の家になっている。
食べ終わって、スマホでネットを見たけど、さすがにまだ今回のことはニュースにはなってなかった。
長谷川さんのことが表沙汰になったら、『ミュージックディ』も番組休止になっちゃうかもしれないな……。
番組自体はいいのに、残念だな。
テレビをつける。
情報番組がやっていた。
素敵なカフェやレストランを紹介してる。
ちょうどここ恵比寿の特集が組まれていた。
(この辺はオシャレなカフェとかいっぱいあるんだろうなぁ)
そういえば、藤崎さんと行くのは論外としても、ここに来る前後にカフェに寄ってもよかったのに、ここと会社を家を往復するだけで、考えもしなかった。
駅ビルでさえ、藤崎さんと行ったとき以来、のぞいていない。
(今度寄ってみようかな)
そんなことを思っていたら、おいしそうなケーキが次々出てきて、ついチェックしてしまう。
ここに来る時とか、家に帰る途中でケーキを買うのはありかも。
「あー、これ、おいしそう!」
変わり種のチーズケーキと紹介されていたものに目が釘付けになり、慌ててスマホにメモる。
「なにメモったの?」
ふいに声をかけられて、飛び上がる。
いつの間にか、藤崎さんが起きてきて、後ろから覗き込んでいた。
「びっくりしたー。もう起きちゃったんですか?」
「うん。少し寝たら、すっきりした。それに隣に希がいないから……」
「ごめんなさい。寝すぎで、お腹空いちゃって」
また、藤崎さんに心配をかけちゃったようで、私は謝った。
それを笑って流して、藤崎さんはまた聞いてきた。
「で、なにがおいしそうなの?」
「今、恵比寿のおいしいケーキ屋さんが紹介されてたから、帰りに寄ろうかと思って」
「どこ?」
「ア・テンポってお店です。ここみたいです」
私はスマホで地図を見せる。
例によって、私はこことの位置関係がいまいちわかってなかったけど、藤崎さんはぱっとわかったようで、なるほどとうなずいた。
「すぐ近くだね。行ってみる?」
「藤崎さんって、ケーキ食べるんですか?」
「あれば食べるよ。ちょうど腹が減ったし、買いに行こうよ」
「でも……」
「僕だって買い物もするし、外食もするから大丈夫だよ」
藤崎さんはためらってる私を急かして、外に出た。
私に気分転換させてくれるつもりなのかもしれない。
藤崎さんはいつもの通り、変装することなく、生成りの長袖Tシャツにカーキのカーゴパンツを合わせたラフな格好だった。どんな姿をしていても結局かっこよくて目立つのは変わりないんだけど。
秋口になって、急に肌寒くなってきた。
街路樹のイチョウも黄色く色づき始めて、これがぜんぶ黄色になったらきれいなんだろうなと思う。
こないだまで暑くてたまらなかったのに、時が経つのは早い。
藤崎さんと一緒にいられるのはいつまでなんだろう……。
そばにいるのに感傷的になってしまう。
(上着を持ってくればよかったな)
さりげなく腕をさすっていたら、藤崎さんに見つかった。
「寒い?」
そう言うなり、藤崎さんが私の肩を抱いて自分に引き寄せた。
くっついてる部分が温かいけど、これは恥ずかしい。
私が離れようとすると、離さないというように、ぎゅっと力を入れられた。
「藤崎さん! これはさすがにやばいでしょ!」
「なにが?」
「写真とか撮られたら……」
「大丈夫だって」
私がじたばたしているのに、藤崎さんは涼しい顔でカフェに向かった。
駅と反対側に五分くらい歩いたところに、そのお店はあった。
白いタイル張りの壁に、大きなガラス窓があって、そこに白いチョークで英文が書いてあるのがオシャレだった。
中に入ると、板張りの床にコンクリート打ち放しの壁のスタイリッシュな内装。勝手に恵比寿っぽいと思う。
カフェ部分とケーキ販売の部分に分かれていて、カフェ部分には行列ができていた。やっぱり人気のお店らしい。
「カフェは並んでるから、買って帰りましょうね」
「そうだね」
店内は女の子ばかりで、藤崎さんが現れるとざわついた。
目をハートにして藤崎さんを見たあとにチラリと私に飛んでくる視線が気になって仕方がない。こそこそと私たちを見比べている気配がする。
(つり合わないよね。わかってる。大丈夫。ただの契約の関係だから)
自嘲の笑みが洩れる。
藤崎さんと外に出るといつも思ってしまう。
当の本人は全く頓着せずに、ケーキのショーウィンドウを見ていた。
「どれにする?」
「テレビで紹介してたのは、このチーズケーキだったんです。ちょっと変わってるみたいで。でも、チョコレートケーキも和栗モンブランもおいしそう!」
「全部買えばいいんじゃない? それぞれ味見すればいい」
藤崎さんがとても魅力的な提案をしてくれた。
遠慮していた私は目を輝かせた。
「いいんですか!?」
「いいよ。めちゃくちゃうれしそうな顔をしてるね」
藤崎さんに笑われた。
(そんなに顔に出てた?)
恥ずかしくなって、目を逸らすと、「かわいい」と、すーっと頬をなでられた。
声にならない悲鳴があちこちから聞こえてきた。
かあっと顔に血がのぼる。
(もう! なに言ってるんだか!)
結局、ケーキを三個買ってもらった。
帰りは頬がほてったままだったので、寒さを感じず、あっという間に家に着いた。
さっそくコーヒーを淹れて、ケーキをお皿に盛る。
「どれを食べますか?」
美味しそうなケーキにワクワクしつつも、私はどれも気になって選べないので、藤崎さんに選択をゆだねた。
「君が一口ずつ食べて、気に入ったのを食べればいいよ」
「でも……」
それでは藤崎さんに残り物を食べさせるみたいで申し訳ない。
私が躊躇していると、藤崎さんは苦笑して、チーズケーキを一口切り、口に入れた。
「おいしいよ」
私にも一口差し出してくる。
思わず、パクっと食べる。
「おいしーい!」
テレビで言っていたように、ベイクドチーズケーキの中にクリームチーズの塊が入ってて、二つの食感と味を楽しめる。その濃淡のチーズの味のバランスが絶妙だった。
「次はチョコレートケーキ」
そう言って、また一口差し出された。
素直に口に入れる。
「うわぁ、濃厚! これも好みかも!」
濃厚なチョコレートムースの間に、ラズベリーソースが挟まっていて、甘酸っぱい。
身悶えして、おいしさを伝える。
藤崎さんは笑って、最後にモンブランを差し出してくれた。
「これはすごくクリーミィ。下の生地のサクサクが独特で、これもおいしいです」
「どれどれ」
藤崎さんはいきなり口づけてきて、舌で私の口の中を味わった。
「うん、おいしいね」
「もう! ケーキを食べてくださいよ!」
にやにや笑う彼に抗議する。
「それで、どれが一番好きだった?」
「うーん、どれも捨てがたいです……」
私はこういうのは意外と優柔不断で決められない。
真剣に悩む私に結論が出そうにないと思ったのか、藤崎さんは「全部半分ずつにしようか?」と言ってくれた。
すばらしい提案ににこにこしてしまう。
「はいっ!」
「いい返事だね」
藤崎さんはまた笑った。
二人でケーキをつついていたけど、藤崎さんがたびたび私の口にケーキを放り込むから、半分以上私の口に入った。
「あー、お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」
とても満足した私は幸せな笑みを浮かべた。
(久しぶりにケーキを食べたなぁ)
うっとりと反芻している私を見て、藤崎さんが笑った。
「君がこんなにケーキが好きだって、知らなかったよ。また今度買ってこよう」
「はい! でも、あんまり食べると太っちゃいます。ただでさえ、最近食べすぎな気がするのに」
普段、仕事で疲れていて、ちゃんとしたものを食べないで寝てしまうことも多かったのに、藤崎さんのところに来ると、しっかりした夕食が用意されているから、前よりいっぱい食べるようになっている。
藤崎さんの前では、せめて見苦しくなくありたい。そう思ったのに、彼はあっさりと肯定する。
「抱き心地がよくなって、いいんじゃない?」
そんなことを言いながら、私を抱き寄せ、ぷにぷにと二の腕を掴む。この感触がいいねなんて言うから、思わず聞いてしまった。
「藤崎さんって、ぽっちゃり系が好きなんですか?」
「いや? 希だったらなんでもいい」
「!」
(……なんてことを言うんですか!)
誤解するようなことは言わないでほしい。
私がどうあれ、曲が湧いてくるから、なんでもいいってことでしょう?
自分を必死でなだめるけど、顔が熱くなるのは止めらない。
黙り込んだ私を藤崎さんが見つめる。
からかうわけでもなく真剣な表情に、どうしていいかわからない。
その視線に耐え切れず、「お皿を片づけてきます」と立ち上がり、キッチンに逃げこんだ。
お皿を食洗器に入れて戻ってくると、藤崎さんが怖い顔をしてテレビを見ていた。
そこには長谷川さんが逮捕されたニュースが流れていた。
詳細が語られる前に、プツっとテレビが消される。
そして、私を膝に座らせると真剣な表情で藤崎さんは言った。
「希、しばらくはここから会社に通いなよ」
「でも……」
「脅すわけではないけど、どんな反動があるかわからない。一人にならない方がいい」
一人で自分の部屋に帰るのを想像する。
ここと違って駅から少し離れてるから暗い道も通る。
部屋にいても、何か物音がしたら気になってしようがなくなるだろう。
考えただけで怖い。
(だからと言って、藤崎さんに頼っていい理由にはならない……。私は契約の恋人なだけなんだから)
そう思うのに、藤崎さんは私の身体を引き寄せて、顔を覗き込む。
私の頬をなでて、苦笑する。
「そんな顔するくらいなら、ここにいなよ。……いや、言い方を変えよう。僕の心の平穏のためにここから通ってよ。じゃないと心配で心配で曲作りもできない。希の会社に押しかけていってしまうかもしれない」
胸がきゅうとしめつけられて、涙が出そうになる。
優しい優しい藤崎さん。
そんなことを言われると甘えてしまう。
「……それは問題ですね」
「そう。僕が困るんだよ」
「わかりました。じゃあ、お世話になります」
「じゃあ、目一杯お世話します」
藤崎さんが笑って、チュッと軽いキスをした。