私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~
ペット
先輩たちに探りを入れられて、なんだかどっと疲れる。
でも、記者に囲まれたりしたら、もっとひどいことになってたんだろうな。
想像するだけでゾッとして、事態をたちまち終息させてくれた藤崎さんに心から感謝する。
マンションを用意してくれた社長にも。
自分の家がマスコミに突き止められたらパニックになってしまいそう。
怖くて外にも出られなくなる。
もらった缶コーヒーを持って、私も席に戻った。
パソコンのメールをチェックすると百件ちかく来ていて、げんなりする。
ほとんどが藤崎さん絡みの問い合わせで、昼頃からのメールは、同じ人から『さっきの取材の話は無しにしてください』との撤回のメールばかりだった。
(こんなところでも、藤崎さん効果が……)
残りのメールはTAKUYAの新曲についての問い合わせだった。
そういえば、藤崎さんとTAKUYAの対談企画の打診があったわ。
この騒ぎになる前に来ていたメールだった。
そこは真面目な出版社で、日付も昨夜だったから、今回の騒ぎの前に、たまたま企画を出してきてくれたみたいだ。
『ブロッサム』と『One-Way』について、二人で語ってもらうといううちにとってはプラスしかない企画だ。
藤崎さんは受けてくれるかなぁ……受けてくれそうだなぁ。
さっき『藤崎さんにかわいがられている』という表現をしたんだけど、普段は受けない取材も受けてくれると思えるくらい、藤崎さんが私に甘い自覚はある。
ずっと不思議だったんだけど、先輩たちの私の評価を聞いて、腑に落ちた。
小動物、愛玩動物……つまりペットだ。
ペットをかわいがる感覚だったら、よくわかる。
私も実家で飼ってる犬のタロウを溺愛してるから。
実家に帰ると大喜びで飛びついてきて、ものすごくかわいい。
つぶらな瞳を見るとぎゅっと抱きしめたくなる。
あんな気持ちかぁ。
たまにお兄ちゃんに写真を送ってもらうけど、タロウにしばらく会ってないなぁ。
今度会いに帰ろうかな。
(あ、いけない。なんだか現実逃避してた)
私はパソコン画面に目を戻し、仕事を続けた。
そうこうしているところに、ひょっこりとTAKUYAが顔を出した。
「おはよーございます」
「おぉ、TAKUYA、ちょうどいいところに!」
「『ONE-WAY』の売上がすごいことになってるよ! いろいろオファーが来てるし」
「ほんと? どんなの?」
しっぽを振るように近づいてきたTAKUYAはちょうど出力したばかりの企画書を覗き込んだ。
目玉は藤崎さんとの対談企画だ。
「うわぁ、藤崎さんとの対談! してみたい! でも、俺、緊張して話せないかも。どうしよう、希さん?」
喜びながらもうろたえるTAKUYAがかわいい。
私は笑いながら、彼をなだめた。
「まだ決まってないし。決まったら、ある程度原稿が用意されるよ。事前に質問内容とか教えてもらえると思うし、答えを一緒に考えよう?」
「さすが、希さん! 頼りになる~!」
大げさに握手をしてくるTAKUYAをいなして、私は彼を打ち合わせスペースに連れていこうとした。今日は今後のスケジュールや広告戦略についての打ち合わせをすることになっていたのだ。
「そうだ! 藤崎さんといえば、あの熱愛報道見た? 希さんは藤崎さんの大ファンだからショックだったりするの?」
TAKUYAがそう言うと、事務所中がにやにやした。
その妙な雰囲気に、TAKUYAが周りを見渡して、きょとんとする。
「え、なに? この雰囲気?」
戸惑うTAKUYAに木崎さんが笑って答えた。
「聞いて驚け、あの写真の相手はなんと希ちゃんなんだよ。そのせいで、午前中は電話が鳴りっぱなしで大変だったんだぞ」
「えええーーー! マジで!? いつの間に付き合ってたの? ……あぁ、だからこんなに早く曲がもらえたのか」
一人で納得するTAKUYAに慌てて否定する。
「付き合ってないよ! あの写真はたまたま転んだ時に抱き止めてくれただけの写真なの! 後ろに社長もいたんだよ!」
「え、そうなの? でも、藤崎さんは片想いって……。ってことは、藤崎さんは希さんに片想い!? えぇぇーー!」
「違うよ!」
私が説明する前に、木崎さんはさらにニヤニヤして、TAKUYAに告げた。
「それがさー、希ちゃんをかばうために、藤崎さんがひと芝居打ったらしいよ。泣かせるよなー」
「へー、そうだったんだ。なんか思ったより希さんは藤崎さんと仲良くなってたんだね」
私はTAKUYAに、曲のイメージが湧くからと藤崎さんにかわいがってもらってるだけだと何度目かの説明をした。
そして、新解釈も追加した。
「だから、きっと藤崎さんにとって、私はペットをかわいがる感覚なんだよ」
「うーん、そうなのかなぁ。確かに、希さんは一生懸命ちょこちょこ動いて、かわいいけど」
(……TAKUYAまでそう思ってたのね)
そういえば、お兄ちゃんにも同じようなことを言われて、かわいがられていたかも。
歳が離れているせいかと思ってたけど、同い年でもそう思われてたなんて。
なんだかおもしろくなく思って、私は話を変えた。
「話を戻すけど、うちとしてはこの対談は願ったり叶ったりだからオーケーの返事をしたからね」
「わかった。実現するといいな」
「そうだね」
TAKUYAと打ち合わせをして、メールに返信して、書類を書いてたら、そろそろ十九時だった。
(今日は疲れたし、帰るかな。服とか買ってかないといけないし)
書類を片付け、パソコンを切って、帰る支度をする。
「お疲れさまです」
挨拶をすると、社長と雑談していたTAKUYAが寄ってきた。
「あ、希さんも帰るの? 俺も帰る~! 一緒に出よう」
「うん。あ、そうだ。今日からしばらくTAKUYAのお隣さんになるんだよ」
「お隣さん?」
TAKUYAが不思議そうな顔をしたので、事情を説明した。
「へ〜、そうなんだ。じゃあ、俺はボディーガード代わりについてくよ」
「いいよ。TAKUYAは先に帰ってて。私は買い物があるし」
「どうせ今日は暇だし、買い物して、ご飯食べて帰ろうよ」
「そう? ありがとう」
「どういたしまして」
TAKUYAと連れ立って会社を出た。
外へ出るとき、一応、キョロキョロと辺りを見回してみる。
マスコミはいないようで、ほっとする。
TAKUYAと歩き始めると、後ろから名前を呼ばれた。
「希!」
振り返ると、藤崎さんだった。
めずらしくマスコミ対策なのか、薄く色のついたサングラスをしていて、オシャレでかっこいい。
「藤崎さん、どうしてここに!?」
「君が心配だったから」
「それで、わざわざ?」
「近くに来る用事があったからね」
私を気づかってくれる藤崎さんに微笑んだ。
そして、安心させようと言う。
「TAKUYAがいるから大丈夫ですよ」
「TAKUYAくんが?」
藤崎さんがTAKUYAを見た。
サングラスをしているからか、少し冷たい視線な気がした。
TAKUYAが緊張しつつ、答えた。
「どうせ同じところに帰るんだから、一緒に買い物してご飯食べて帰ろうと言ってたところです」
「同じところって?」
「社長が用意してくれたマンションが、TAKUYAの隣の部屋なんです」
TAKUYAの言葉に首を傾げた藤崎さんに、慌てて追加説明をする。
それを流して、藤崎さんがいきなり言った。
「ふ〜ん。君たちは仲がいいね」
私はTAKUYAと顔を見合わせた。
「そうですね。仲はいいですね。同級生みたいで」
「希さんといると居心地いいですからね〜」
お互い、相手と自分の言葉に照れて笑った。
藤崎さんは私たちを見て、うなずいた。
「そう。じゃあ、安心だね。僕は帰るよ」
「えっ、藤崎さん、せっかくなので、よかったら僕たちとご飯食べていき……」
「ダメよ、TAKUYA。また写真撮られたら困るわ!」
「……希には歓迎されてないみたいだから帰るよ」
「そういうわけじゃ……!」
否定しようとしたけど、藤崎さんは口もとをゆがめて、きびすを返した。
バイバイと背中を向けたまま手を振って。
「藤崎さん?」
あっさりと立ち去るその姿をあ然と見送った。
(本当に私の無事を確かめにだけ来てくれたの? ううん、近くに来たからって言ってたわ。ついでに決まってる)
藤崎さんの行動にいちいち意味を求めてしまうのはやめよう。
心が疲れてしまう。
「藤崎さんは本当に片想いしてるみたいだ……」
私が考えこんでいると、TAKUYAがぼそっとつぶやいた。
「ん? なにか言った?」
「べつに〜。買い物行こうよ。早くしないと店が閉まっちゃうよ?」
「あ、やばい! 行こう」
私たちは急いで買い物に行った。
TAKUYAと私はタレントとマネージャーだから、誰も気にする人がいなくて気が楽だなと思いながら。
でも、記者に囲まれたりしたら、もっとひどいことになってたんだろうな。
想像するだけでゾッとして、事態をたちまち終息させてくれた藤崎さんに心から感謝する。
マンションを用意してくれた社長にも。
自分の家がマスコミに突き止められたらパニックになってしまいそう。
怖くて外にも出られなくなる。
もらった缶コーヒーを持って、私も席に戻った。
パソコンのメールをチェックすると百件ちかく来ていて、げんなりする。
ほとんどが藤崎さん絡みの問い合わせで、昼頃からのメールは、同じ人から『さっきの取材の話は無しにしてください』との撤回のメールばかりだった。
(こんなところでも、藤崎さん効果が……)
残りのメールはTAKUYAの新曲についての問い合わせだった。
そういえば、藤崎さんとTAKUYAの対談企画の打診があったわ。
この騒ぎになる前に来ていたメールだった。
そこは真面目な出版社で、日付も昨夜だったから、今回の騒ぎの前に、たまたま企画を出してきてくれたみたいだ。
『ブロッサム』と『One-Way』について、二人で語ってもらうといううちにとってはプラスしかない企画だ。
藤崎さんは受けてくれるかなぁ……受けてくれそうだなぁ。
さっき『藤崎さんにかわいがられている』という表現をしたんだけど、普段は受けない取材も受けてくれると思えるくらい、藤崎さんが私に甘い自覚はある。
ずっと不思議だったんだけど、先輩たちの私の評価を聞いて、腑に落ちた。
小動物、愛玩動物……つまりペットだ。
ペットをかわいがる感覚だったら、よくわかる。
私も実家で飼ってる犬のタロウを溺愛してるから。
実家に帰ると大喜びで飛びついてきて、ものすごくかわいい。
つぶらな瞳を見るとぎゅっと抱きしめたくなる。
あんな気持ちかぁ。
たまにお兄ちゃんに写真を送ってもらうけど、タロウにしばらく会ってないなぁ。
今度会いに帰ろうかな。
(あ、いけない。なんだか現実逃避してた)
私はパソコン画面に目を戻し、仕事を続けた。
そうこうしているところに、ひょっこりとTAKUYAが顔を出した。
「おはよーございます」
「おぉ、TAKUYA、ちょうどいいところに!」
「『ONE-WAY』の売上がすごいことになってるよ! いろいろオファーが来てるし」
「ほんと? どんなの?」
しっぽを振るように近づいてきたTAKUYAはちょうど出力したばかりの企画書を覗き込んだ。
目玉は藤崎さんとの対談企画だ。
「うわぁ、藤崎さんとの対談! してみたい! でも、俺、緊張して話せないかも。どうしよう、希さん?」
喜びながらもうろたえるTAKUYAがかわいい。
私は笑いながら、彼をなだめた。
「まだ決まってないし。決まったら、ある程度原稿が用意されるよ。事前に質問内容とか教えてもらえると思うし、答えを一緒に考えよう?」
「さすが、希さん! 頼りになる~!」
大げさに握手をしてくるTAKUYAをいなして、私は彼を打ち合わせスペースに連れていこうとした。今日は今後のスケジュールや広告戦略についての打ち合わせをすることになっていたのだ。
「そうだ! 藤崎さんといえば、あの熱愛報道見た? 希さんは藤崎さんの大ファンだからショックだったりするの?」
TAKUYAがそう言うと、事務所中がにやにやした。
その妙な雰囲気に、TAKUYAが周りを見渡して、きょとんとする。
「え、なに? この雰囲気?」
戸惑うTAKUYAに木崎さんが笑って答えた。
「聞いて驚け、あの写真の相手はなんと希ちゃんなんだよ。そのせいで、午前中は電話が鳴りっぱなしで大変だったんだぞ」
「えええーーー! マジで!? いつの間に付き合ってたの? ……あぁ、だからこんなに早く曲がもらえたのか」
一人で納得するTAKUYAに慌てて否定する。
「付き合ってないよ! あの写真はたまたま転んだ時に抱き止めてくれただけの写真なの! 後ろに社長もいたんだよ!」
「え、そうなの? でも、藤崎さんは片想いって……。ってことは、藤崎さんは希さんに片想い!? えぇぇーー!」
「違うよ!」
私が説明する前に、木崎さんはさらにニヤニヤして、TAKUYAに告げた。
「それがさー、希ちゃんをかばうために、藤崎さんがひと芝居打ったらしいよ。泣かせるよなー」
「へー、そうだったんだ。なんか思ったより希さんは藤崎さんと仲良くなってたんだね」
私はTAKUYAに、曲のイメージが湧くからと藤崎さんにかわいがってもらってるだけだと何度目かの説明をした。
そして、新解釈も追加した。
「だから、きっと藤崎さんにとって、私はペットをかわいがる感覚なんだよ」
「うーん、そうなのかなぁ。確かに、希さんは一生懸命ちょこちょこ動いて、かわいいけど」
(……TAKUYAまでそう思ってたのね)
そういえば、お兄ちゃんにも同じようなことを言われて、かわいがられていたかも。
歳が離れているせいかと思ってたけど、同い年でもそう思われてたなんて。
なんだかおもしろくなく思って、私は話を変えた。
「話を戻すけど、うちとしてはこの対談は願ったり叶ったりだからオーケーの返事をしたからね」
「わかった。実現するといいな」
「そうだね」
TAKUYAと打ち合わせをして、メールに返信して、書類を書いてたら、そろそろ十九時だった。
(今日は疲れたし、帰るかな。服とか買ってかないといけないし)
書類を片付け、パソコンを切って、帰る支度をする。
「お疲れさまです」
挨拶をすると、社長と雑談していたTAKUYAが寄ってきた。
「あ、希さんも帰るの? 俺も帰る~! 一緒に出よう」
「うん。あ、そうだ。今日からしばらくTAKUYAのお隣さんになるんだよ」
「お隣さん?」
TAKUYAが不思議そうな顔をしたので、事情を説明した。
「へ〜、そうなんだ。じゃあ、俺はボディーガード代わりについてくよ」
「いいよ。TAKUYAは先に帰ってて。私は買い物があるし」
「どうせ今日は暇だし、買い物して、ご飯食べて帰ろうよ」
「そう? ありがとう」
「どういたしまして」
TAKUYAと連れ立って会社を出た。
外へ出るとき、一応、キョロキョロと辺りを見回してみる。
マスコミはいないようで、ほっとする。
TAKUYAと歩き始めると、後ろから名前を呼ばれた。
「希!」
振り返ると、藤崎さんだった。
めずらしくマスコミ対策なのか、薄く色のついたサングラスをしていて、オシャレでかっこいい。
「藤崎さん、どうしてここに!?」
「君が心配だったから」
「それで、わざわざ?」
「近くに来る用事があったからね」
私を気づかってくれる藤崎さんに微笑んだ。
そして、安心させようと言う。
「TAKUYAがいるから大丈夫ですよ」
「TAKUYAくんが?」
藤崎さんがTAKUYAを見た。
サングラスをしているからか、少し冷たい視線な気がした。
TAKUYAが緊張しつつ、答えた。
「どうせ同じところに帰るんだから、一緒に買い物してご飯食べて帰ろうと言ってたところです」
「同じところって?」
「社長が用意してくれたマンションが、TAKUYAの隣の部屋なんです」
TAKUYAの言葉に首を傾げた藤崎さんに、慌てて追加説明をする。
それを流して、藤崎さんがいきなり言った。
「ふ〜ん。君たちは仲がいいね」
私はTAKUYAと顔を見合わせた。
「そうですね。仲はいいですね。同級生みたいで」
「希さんといると居心地いいですからね〜」
お互い、相手と自分の言葉に照れて笑った。
藤崎さんは私たちを見て、うなずいた。
「そう。じゃあ、安心だね。僕は帰るよ」
「えっ、藤崎さん、せっかくなので、よかったら僕たちとご飯食べていき……」
「ダメよ、TAKUYA。また写真撮られたら困るわ!」
「……希には歓迎されてないみたいだから帰るよ」
「そういうわけじゃ……!」
否定しようとしたけど、藤崎さんは口もとをゆがめて、きびすを返した。
バイバイと背中を向けたまま手を振って。
「藤崎さん?」
あっさりと立ち去るその姿をあ然と見送った。
(本当に私の無事を確かめにだけ来てくれたの? ううん、近くに来たからって言ってたわ。ついでに決まってる)
藤崎さんの行動にいちいち意味を求めてしまうのはやめよう。
心が疲れてしまう。
「藤崎さんは本当に片想いしてるみたいだ……」
私が考えこんでいると、TAKUYAがぼそっとつぶやいた。
「ん? なにか言った?」
「べつに〜。買い物行こうよ。早くしないと店が閉まっちゃうよ?」
「あ、やばい! 行こう」
私たちは急いで買い物に行った。
TAKUYAと私はタレントとマネージャーだから、誰も気にする人がいなくて気が楽だなと思いながら。