私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~
─番外編─ 僕のミューズ
「ん……」
小さく息をついて寝返りをして、僕の方を向いた希を、頬杖をついた姿勢で眺める。
頬にかかった髪をはらってやると、無防備な首元が見えて、そこに口づけたくなり、キスを落とすと、次は抱きしめたくなる。
(いつからこんなに愛しくなってしまったんだろう……)
出会いはたぶん一年前。
たぶんというのは、その頃、彼女になんの興味もなかった僕は、希との初対面の記憶がおぼろげにしかないからだ。
確か、テレビ局かどこかで挨拶をされて、『ものすごくファンです!』と言われたんじゃないかな。
リップサービスを含めてよく言われることなので、『またか』と思った記憶がある。
ただ、小さいのに熱量がある子だなと思った。
その次は、事務所を通してアポを入れられ、作曲を依頼された。
その時も、自分がいかに僕の曲が好きか、TAKUYAの声質が僕の曲に合っているので、きっと素敵な歌になるとか、とにかく熱く語られた。
その頃、僕は自分の作る歌に飽き飽きしていて、感じたこともない感情を書き連ねた歌がヒットするのを冷めた目で見ていた。
昔から感情の起伏はなかった。
誰かを好きになるとか自分から求めるとかなかったし、人間関係のほとんどが受動的で、求められ、気が向いたらそれに応じ、去るものは追わず、希薄に生きてきた。
だから、人間観察をして、キャラを作って話を作っては、詞を書いた。
でも、引き出しの少ない僕はだんだん行き詰まっていった。
(薄っぺらな言葉、浅い感情でできた適当な歌が、なぜこんなに流行るのか)
作詞作曲が好きだったはずなのに、天才だともてはやされればされるほど、気持ちは冷めていき、バカバカしくなっていったのだ。
「藤崎さんの曲を聴くと、心が湧き立つんです! 初めて聴いたとき、私の中の感性が目覚めたのがわかって、そんなこと初めてで、鳥肌が立って……。もう、藤崎さんの音楽なしでは生きられないと思いました!」
そんなふうに、本人が冷めきっているというのに、希は僕の曲をべた褒めして、自分の中に取り込んでいた。
目をキラキラさせて、僕を見上げて熱心に語る姿はちょっとかわいいと思った。
(この子はなんでこんなに僕の作品を愛してるんだろう)
僕は不思議に思った。
今までも熱烈なファンはいるものの、希の熱量は群を抜いていたから。
とはいえ、依頼が殺到している状況で、それ以上書く気も起こらず、その時は素っ気なく流した。
それでも、希はめげなかった。
「藤崎さん、こんにちは!」
「お疲れさまです、藤崎さん」
希は僕の行く先々に現れ、ニコニコと話しかけてきた。
あまりの遭遇率の高さにマネージャーを問い詰めると、佐々木はしれっと「私が教えてるからね」と笑った。
「なんで!」
「だって、希ちゃん、かわいいしおもしろいし、今まで東吾の周りにいなかったタイプでしょ? あの情熱を分けてもらえば、あなたのスランプもちょっとは解消するかもと思って」
「確かにめずらしいタイプだけど、あそこまで来られると鬱陶しいよ」
「またまた〜。本当に鬱陶しければ無視するくせに」
敏腕マネージャーは慧眼でもあった。
言われてみればその通りで、なぜか僕は希の相手をしていた。ほとんど彼女の話を一方的に聞くだけだったけど。
僕が希に心を動かされているのに、本人以上に気づいていたようだ。
希の語る僕の歌は、まるで誰かが心血注いで作り上げた名曲のようで、自分との乖離に戸惑った。
そのくせ自分の作品がこれほどまでに人に影響を与えているのかと、久方ぶりの感動さえ覚えた。
彼女の言葉の何にこんなに惹きつけられているのだろうと考えていたとき───
「私が藤崎さんの曲で一番好きなのは、『BRONZE』なんです。あの曲だけ他となにか違ってますよね?」
ふいに希が口にした言葉に、打ちのめされた。
(もうダメだ。降参だ)
なぜかそう思った。
それは僕が唯一自分の心情を吐き出した歌だった。
冷たいブロンズ像のような自分。誰かが熱く溶かしてくれるのを待っている自分。それでなければ、粉々に叩き潰してほしいと願う自分の心情を。
「あんな地味な曲……」
「地味じゃないですよ! 淡々とした歌い出しからのだんだん滲み出てくる情熱がたまらなくて! 私、大好きなんです!」
相変わらずの熱量で、興奮に頬を染めて力説する希に、僕は───落ちた。
希を起こさないようにそっと髪を梳くように撫でる。
(僕がこんなに想ってるのに、君はつれないよね……)
強引に身体を手に入れて、何度も重ね合って、希の生活に忍び込んだ。
でも、ちっとも心は手に入らない。
こんな苦しくて切なくて愛おしくてどうしようもない想いをみんな抱えて生きているのだろうか。
遅すぎた初恋に振り回されて、心が千千に乱れる。
そして、また回想に戻っていく。
希を見ていると、どんどん新たな曲が浮かぶようになった。
最初はもの珍しさから刺激を受けているだけかと思っていたが、そのうち、外出先で彼女の姿を探している自分に気づき、愕然とした。気がついたら、このところ、彼女のことばかり考えていた。
(嘘だろ? まるで陳腐なラブソングみたいだ!)
そして、自分の想いの正体をしぶしぶ認めるしかないと観念した頃に、最悪なことに気づいてしまった。
───希は僕の歌は大好きだけど、僕自身にはなんの興味もない。
彼女が自発的に語るのは僕の歌のことばかりで、逆に僕は彼女の好きなもの、嫌いなもの、好きなこと、嫌いなこと……乞い焦がれるように聞き出し、胸にそっと仕舞っていった。
パンが好き。お酒はあまり飲まない。かわいいものが好き。背が低いのを気にしている。甘い物が好き。でも、飴は嫌い。負けず嫌い。なんにでも全力投球。いい加減なやつは嫌い。たまに見ていてハラハラする。かわいい。かわいい。かわいい……。ほかの男に見せたくない……。
次々と湧いてくる未知の感情を吐き出すように歌にしていき、それでもいいかと思った。
でも、それもTAKUYAに曲を提供するまでだった。
あんなに頻繁に会っていたのに、楽曲を提供したとたん、希はぱたりと僕の前に現れなくなった。
(なんてひどい仕打ちだ。僕を激しく揺さぶっておいて、用が済んだらさっさといなくなるなんて)
希にそんなつもりはないのは重々承知していたけど、八つ当たりのように僕は憤った。
同じ業界だから、たまにはすれ違うこともあった。しかし、にこやかに挨拶はされるけど、それ以上近寄って来ることもなくなった。
(曲がもらえたら、僕は用済みなんだね……)
しばらくは希を切なく想うだけで、曲は書けた。
でも、すぐ足りなくなった。
(希が足りない。全然足りない)
飢餓感を抱え、作曲どころかなにも手につかない日々をやり過ごした。
そして、溶かされたブロンズは歪な形に冷えて固まった。
あの時、譜道館に向かったのは、もう限界だったからだ。
希に会いたくて会いたくて、どうにかなりそうだった。
ティーンエージャーでもあるまいしとは思うものの、楽曲提供したアーティストの応援とかこつけて希に会いに行った。
舞台袖にいた希はうっとりとTAKUYAを見つめていた。
「希さん」と呼びかけると、「藤崎さん! 来てくれたんですか?」と目を見開いた。
でも、すぐ舞台の方へ目を戻し、キラキラと目を輝かせる。
ついこないだまで、あの輝く瞳は僕のものだったのに。
そう思うとたまらず、気がつくと手が出ていた。
それから後のことは、今でもなんてことをしたんだと後悔している。
おかげで、ぐっと彼女に近づくことはできたが、心は遠いままで、未だに希は僕の気持ちを受け入れてくれない。
身体だけの関係とさえ思っている節がある。
(どうしたらわかってくれるのだろう?)
髪を玩びながら、希の寝顔を見つめる。
ふいにひらめいた。
(曲を作ろう。希への想いを込めた曲を)
歌なら理解してくれるかもしれない。
僕の本気を。どんなに僕が君を愛しく想っているのかを。
そう考えると、とたんに歌が湧き出てくる。
「僕のミューズ……」
ハミングしながら、希の頬に口づけると、僕の歌声が聞こえたのか、彼女は微笑みを浮かべた。
(愛しい、希。どうか……どうか、早く僕のものになって)
祈りを込めて、その耳許に唇を落とした。
─fin─
小さく息をついて寝返りをして、僕の方を向いた希を、頬杖をついた姿勢で眺める。
頬にかかった髪をはらってやると、無防備な首元が見えて、そこに口づけたくなり、キスを落とすと、次は抱きしめたくなる。
(いつからこんなに愛しくなってしまったんだろう……)
出会いはたぶん一年前。
たぶんというのは、その頃、彼女になんの興味もなかった僕は、希との初対面の記憶がおぼろげにしかないからだ。
確か、テレビ局かどこかで挨拶をされて、『ものすごくファンです!』と言われたんじゃないかな。
リップサービスを含めてよく言われることなので、『またか』と思った記憶がある。
ただ、小さいのに熱量がある子だなと思った。
その次は、事務所を通してアポを入れられ、作曲を依頼された。
その時も、自分がいかに僕の曲が好きか、TAKUYAの声質が僕の曲に合っているので、きっと素敵な歌になるとか、とにかく熱く語られた。
その頃、僕は自分の作る歌に飽き飽きしていて、感じたこともない感情を書き連ねた歌がヒットするのを冷めた目で見ていた。
昔から感情の起伏はなかった。
誰かを好きになるとか自分から求めるとかなかったし、人間関係のほとんどが受動的で、求められ、気が向いたらそれに応じ、去るものは追わず、希薄に生きてきた。
だから、人間観察をして、キャラを作って話を作っては、詞を書いた。
でも、引き出しの少ない僕はだんだん行き詰まっていった。
(薄っぺらな言葉、浅い感情でできた適当な歌が、なぜこんなに流行るのか)
作詞作曲が好きだったはずなのに、天才だともてはやされればされるほど、気持ちは冷めていき、バカバカしくなっていったのだ。
「藤崎さんの曲を聴くと、心が湧き立つんです! 初めて聴いたとき、私の中の感性が目覚めたのがわかって、そんなこと初めてで、鳥肌が立って……。もう、藤崎さんの音楽なしでは生きられないと思いました!」
そんなふうに、本人が冷めきっているというのに、希は僕の曲をべた褒めして、自分の中に取り込んでいた。
目をキラキラさせて、僕を見上げて熱心に語る姿はちょっとかわいいと思った。
(この子はなんでこんなに僕の作品を愛してるんだろう)
僕は不思議に思った。
今までも熱烈なファンはいるものの、希の熱量は群を抜いていたから。
とはいえ、依頼が殺到している状況で、それ以上書く気も起こらず、その時は素っ気なく流した。
それでも、希はめげなかった。
「藤崎さん、こんにちは!」
「お疲れさまです、藤崎さん」
希は僕の行く先々に現れ、ニコニコと話しかけてきた。
あまりの遭遇率の高さにマネージャーを問い詰めると、佐々木はしれっと「私が教えてるからね」と笑った。
「なんで!」
「だって、希ちゃん、かわいいしおもしろいし、今まで東吾の周りにいなかったタイプでしょ? あの情熱を分けてもらえば、あなたのスランプもちょっとは解消するかもと思って」
「確かにめずらしいタイプだけど、あそこまで来られると鬱陶しいよ」
「またまた〜。本当に鬱陶しければ無視するくせに」
敏腕マネージャーは慧眼でもあった。
言われてみればその通りで、なぜか僕は希の相手をしていた。ほとんど彼女の話を一方的に聞くだけだったけど。
僕が希に心を動かされているのに、本人以上に気づいていたようだ。
希の語る僕の歌は、まるで誰かが心血注いで作り上げた名曲のようで、自分との乖離に戸惑った。
そのくせ自分の作品がこれほどまでに人に影響を与えているのかと、久方ぶりの感動さえ覚えた。
彼女の言葉の何にこんなに惹きつけられているのだろうと考えていたとき───
「私が藤崎さんの曲で一番好きなのは、『BRONZE』なんです。あの曲だけ他となにか違ってますよね?」
ふいに希が口にした言葉に、打ちのめされた。
(もうダメだ。降参だ)
なぜかそう思った。
それは僕が唯一自分の心情を吐き出した歌だった。
冷たいブロンズ像のような自分。誰かが熱く溶かしてくれるのを待っている自分。それでなければ、粉々に叩き潰してほしいと願う自分の心情を。
「あんな地味な曲……」
「地味じゃないですよ! 淡々とした歌い出しからのだんだん滲み出てくる情熱がたまらなくて! 私、大好きなんです!」
相変わらずの熱量で、興奮に頬を染めて力説する希に、僕は───落ちた。
希を起こさないようにそっと髪を梳くように撫でる。
(僕がこんなに想ってるのに、君はつれないよね……)
強引に身体を手に入れて、何度も重ね合って、希の生活に忍び込んだ。
でも、ちっとも心は手に入らない。
こんな苦しくて切なくて愛おしくてどうしようもない想いをみんな抱えて生きているのだろうか。
遅すぎた初恋に振り回されて、心が千千に乱れる。
そして、また回想に戻っていく。
希を見ていると、どんどん新たな曲が浮かぶようになった。
最初はもの珍しさから刺激を受けているだけかと思っていたが、そのうち、外出先で彼女の姿を探している自分に気づき、愕然とした。気がついたら、このところ、彼女のことばかり考えていた。
(嘘だろ? まるで陳腐なラブソングみたいだ!)
そして、自分の想いの正体をしぶしぶ認めるしかないと観念した頃に、最悪なことに気づいてしまった。
───希は僕の歌は大好きだけど、僕自身にはなんの興味もない。
彼女が自発的に語るのは僕の歌のことばかりで、逆に僕は彼女の好きなもの、嫌いなもの、好きなこと、嫌いなこと……乞い焦がれるように聞き出し、胸にそっと仕舞っていった。
パンが好き。お酒はあまり飲まない。かわいいものが好き。背が低いのを気にしている。甘い物が好き。でも、飴は嫌い。負けず嫌い。なんにでも全力投球。いい加減なやつは嫌い。たまに見ていてハラハラする。かわいい。かわいい。かわいい……。ほかの男に見せたくない……。
次々と湧いてくる未知の感情を吐き出すように歌にしていき、それでもいいかと思った。
でも、それもTAKUYAに曲を提供するまでだった。
あんなに頻繁に会っていたのに、楽曲を提供したとたん、希はぱたりと僕の前に現れなくなった。
(なんてひどい仕打ちだ。僕を激しく揺さぶっておいて、用が済んだらさっさといなくなるなんて)
希にそんなつもりはないのは重々承知していたけど、八つ当たりのように僕は憤った。
同じ業界だから、たまにはすれ違うこともあった。しかし、にこやかに挨拶はされるけど、それ以上近寄って来ることもなくなった。
(曲がもらえたら、僕は用済みなんだね……)
しばらくは希を切なく想うだけで、曲は書けた。
でも、すぐ足りなくなった。
(希が足りない。全然足りない)
飢餓感を抱え、作曲どころかなにも手につかない日々をやり過ごした。
そして、溶かされたブロンズは歪な形に冷えて固まった。
あの時、譜道館に向かったのは、もう限界だったからだ。
希に会いたくて会いたくて、どうにかなりそうだった。
ティーンエージャーでもあるまいしとは思うものの、楽曲提供したアーティストの応援とかこつけて希に会いに行った。
舞台袖にいた希はうっとりとTAKUYAを見つめていた。
「希さん」と呼びかけると、「藤崎さん! 来てくれたんですか?」と目を見開いた。
でも、すぐ舞台の方へ目を戻し、キラキラと目を輝かせる。
ついこないだまで、あの輝く瞳は僕のものだったのに。
そう思うとたまらず、気がつくと手が出ていた。
それから後のことは、今でもなんてことをしたんだと後悔している。
おかげで、ぐっと彼女に近づくことはできたが、心は遠いままで、未だに希は僕の気持ちを受け入れてくれない。
身体だけの関係とさえ思っている節がある。
(どうしたらわかってくれるのだろう?)
髪を玩びながら、希の寝顔を見つめる。
ふいにひらめいた。
(曲を作ろう。希への想いを込めた曲を)
歌なら理解してくれるかもしれない。
僕の本気を。どんなに僕が君を愛しく想っているのかを。
そう考えると、とたんに歌が湧き出てくる。
「僕のミューズ……」
ハミングしながら、希の頬に口づけると、僕の歌声が聞こえたのか、彼女は微笑みを浮かべた。
(愛しい、希。どうか……どうか、早く僕のものになって)
祈りを込めて、その耳許に唇を落とした。
─fin─