私を抱かないと新曲ができないって本当ですか?~イケメン作曲家との契約の恋人生活は甘い~

ひどくて優しい

 藤崎さんは追ってこなかった。
 ほっとして、そのあとは、TAKUYAに水やタオルを渡して世話を焼いたり、進行の確認をしたり、取材の問い合わせに答えたりして、忙しく働いた。
 藤崎さんが変なことを言ってきたことなんか忘れてた。いや、忘れようとしていた。

(だって……)

 考えたくなくて、私は首を振った。

 ライブは大盛況だった。

「TAKUYA、お疲れさま。すごくよかったわよ。お客さんも喜んでた」
「ほんと? うれしいな。これも、希さんが藤崎さんの曲をもらってきてくれたおかげだよ」

 にこにこと言うTAKUYAに、複雑な心境になる。
 私もライブ前だったら、大きくうなずいていた。でも、今は……。

 明日のライブに備えて、TAKUYAをタクシーで帰すと、私は誰もいない控室に戻って、イスに座りこんだ。
 ずっと立ってたから、くたくただった。
 ぼんやりと壁を見つめていると、みるみる視界が潤んできた。

「……ひっ、くっ……ひっく……うあ、ああぁぁあ……」

 ほろりと涙が流れて決壊すると、こらえきれず、私は泣き出した。

(だって、だって、だって……)

 好きだったのに!
 藤崎さんの声も曲も歌詞もなにもかも、大好きだったのに。

 ――君が僕のものになるなら、いくらでも曲を提供してあげるよ。

 彼の声がよみがえる。
 なにもかも汚された気がした。
 こんなふうに今までも曲を作っていたの? 女の子を抱いて?
 心の大事なところが壊されたようで、痛みに悲鳴をあげている。

「うっ……うっ……ひっく……」

 それでも、藤崎さんの作る曲は綺麗で素敵だ。
 耳に残る藤崎さんの声でわかる。

(こんなのって、ひどい。知りたくなかった………)

 悲しくて堪らず、涙が止まらなかった。

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