あなたに、キスのその先を。
「どうして? 僕はあの日の日織(ひおり)さんの可愛らしい姿を絶対に忘れたくはないのに」

 言って、繫いだままの私の手を持ち上げると、修太郎(しゅうたろう)さんは私の視線が絡むのを意図的に確認なさってから、その手の甲にキスを落とされた。

 私はどうしてもその様子から視線が外せなくて……恥ずかしいのにじっと見つめてしまう。
 修太郎さんの唇が触れたところから熱が伝染してくるようで、一気に身体が熱を帯びてしまう。

 これ以上この状態が続いたら、知恵熱で倒れてしまいそうな気がした。

 そう思ったとき、信号が青に変わって、修太郎さんは何事もなかったように手を元の場所に下ろされた。

 車が動き始めて、窓外を流れるように景色が過ぎ去っていく。
 それを見るとはなしに見つめながら、私は切ない気持ちで太腿(ふともも)にぎゅっと力をこめる。

 いま修太郎さんのほうを見てしまったら、今度こそどうにかなってしまいそうで、私は視線を窓から離せない。でも、実際には何ひとつまともに見えてなんかいなくて。

 私はなんとも言えない苦しさに、思わず左手を胸に当てた。

 意識の大半を占めているのは、手の下で暴れ狂っている心臓をなだめる方法(すべ)と、身体の中心に向けて集まりつつある熱をいかにして追い払うか、ということばかり。
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