あなたに、キスのその先を。
 そんな私の手を、修太郎(しゅうたろう)さんがふいに優しく握ってくださった。
 私は彼の手の温もりに、思わず修太郎さんのお顔を見上げてから、彼が大丈夫、と言うふうにうなずいていらっしゃるのを見て、心が落ち着いてくる。
 それで、やっとのことで言葉を発することが出来るようになった。

「あ、あの……もう少し分かるように話していただけますか?」

 問えば、健二(けんじ)さんがクスクスとお笑いになっていらして。真面目に話してるのに!と思いながらムッとして睨んだら、

「いえ。仮にも貴女はまだ俺の許婚(いいなずけ)のはずなんですけど……見せつけてくれるな、と思いまして」

 言いながら、私と修太郎さんの繋いだ手に視線を送られる。

「あっ……」
 言われてみれば本当にその通りで。ビクッとして慌てて手を離そうとしたら、修太郎さんがそれを(こば)むかのようにギュッと力を込めていらした。ばかりか恋人つなぎのように指を絡めていらして――。

「健二、悪ふざけは大概(たいがい)にしろ。日織(ひおり)さんを(だま)すような真似(まね)をして、()められるべきは僕たちのほうだろう? 彼女を(いじ)めるな」

 修太郎さんの牽制(けんせい)に、健二さんが「――ったく兄さんは冗談が通じなくて困る」と舌をお出しになられて。

「日織さん、すみません。兄との仲は俺も公認なんで気にしないでください」
 とおっしゃった。

 私にはその言葉の意味も分からなくて、ますます混乱する。

「まぁ、こんなところで話し込むのもなんですし、続きは移動してからにしませんか? 俺、上に人を待たせてるんっすよ」

 とりあえず、健二さんのお名前で――四名で?――予約が入れてあるという、ホテル内のフレンチレストランへ移動しましょう、ということになった。
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