あなたに、キスのその先を。
 佳穂(かほ)さんは修太郎(しゅうたろう)さんのそんな一連の行動をご覧になられても、いっかな意に介した素振りをお見せになられなくて。

 そればかりか、花がほころぶような美しい笑みを浮かべられる。

 ある意味その表情は、勝ち誇った女性の余裕にも見えて。

「ごめんなさい、日織(ひおり)さん。私のほうの自己紹介がまだだったわね。私は四谷(よつや)佳穂。そこにいる健二(けんじ)の幼なじみなの」
 とおっしゃる。

 健二さんの幼なじみということは、健二さんと同い年の二十四歳かしら?

 私と四つしか離れていらっしゃらないのに、至極(しごく)落ち着いた大人の女性の魅力をお持ちの方だな。そう思って見つめていたら、健二さんが横あいから口を開かれる。

「幼なじみって言っても彼女(そいつ)、俺より四つ歳上の二十八ですから」

 日織さん、絶対いま、俺と同級生だと思って佳穂のこと見てたでしょう?と付け加える健二さんに、私は「え?」と思わず声を出してしまう。

 と、そんな健二さんの両頬(りょうほほ)を、佳穂さんがムギュっと思い切り掴んでいらした。

「ちょっと健二。女性の歳をバラすとか、良い根性してるじゃない?」

 うりゃうりゃ!と言いながら掴んだほっぺをギューッと引っ張っておられる佳穂さんの、見た目との迫力(ギャップ)気圧(けお)されて、私は思わず一歩たじろいだ。

 そんな私の肩を、後ろから修太郎さんがそっと抱きとめてくださって。

「……修、太郎さん……」

 そっと小声でお名前をお呼びすれば、肩にかかった手にほんの少し力がこめられる。
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