あなたに、キスのその先を。
日織(ひおり)さん、俺と小さい頃に一度だけ遊んだことがあるの、覚えてますか?」

 日織さんが四つぐらいで、俺が八つぐらいの時の話です、と続けていらっしゃる。

 私は「先日両親からそういうお話をお聞きして……何となくそんなことがあったかも?くらいの記憶しかないんです、すみません」と頭を下げた。

「そっか。俺はまぁ日織(ひおり)さんよりは大きかったから覚えているんですけどね、二人はいつか結婚するんだよ、って親から言われて貴女に会いに行ったんです。けど俺、そんなことより外で遊びたいとかそういう気持ちの方が強くて全然乗り気じゃなかったんですよ。で、貴女そっちのけでお宅の庭を駆け回っていた記憶しかないんですけど」

 まぁ、幼い子供に許婚(いいなずけ)だのなんだのいう話は荷が勝ちすぎていたんでしょうね、と健二(けんじ)さんはお笑いになられた。
「実際日織さんも()()()全然興味を持ってませんでしたし」

 そこで私の横に座る修太郎(しゅうたろう)さんをじっと見つめられると、健二さんは「こっから先は兄さんが直接話すほうがいいよね?」とおっしゃった。

 今まで一人黙々とスープを飲んでいらした修太郎さんが、健二さんの言葉に、ふとその手を止められる。
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