あなたに、キスのその先を。
 照れながら、片頬(かたほほ)に自由な方の手――左手――を当ててひゃーひゃー言っていた私のほうへ、修太郎(しゅうたろう)さんが右手を絡めたままグイッと身を乗り出していらっしゃいました。

提案(てへっあん)……?」

 急に距離を削られてびっくりした私は、思わず声が裏返ってしまいました。
 恥ずかしさに、慌てて口を押さえると、私のすぐ目の前に迫る修太郎さんのお顔をドキドキしながら見つめました。

「はい。……これからはなるべく、お互いを呼び捨てで呼び合うようにしてみませんか? その方が、貴女との距離がグッと近くなる気がするんです。――如何(いかが)でしょう? えっと……その、ひ、日織(ひおり)……?」

 修太郎さんからの、多分に照れを含まれた突然の()()抜きに、私の心臓は今にも爆発してしまいそうですっ。

 そういえば、前に一度だけ……気持ちの(たか)ぶられた彼から「日織っ」と切なく呼ばれて、ひどくときめいたのを覚えています。

 なので、呼び捨てにされるのは全然構わないのです。いえ、(むし)ろ大歓迎なくらいで。

 でも……。お互いに、というと……私も、その……修太郎さんを……ゴニョゴニョ……。そっ、それは……余りにもハードルが高すぎます……!

「あ、……あの、えっと……。……ぜ、善処……します……」

 私は真っ赤になりながらも、何とかそうお答えしました。

「はい。無理をさせるつもりはありませんので……。でも……僕もやはり貴女から呼び捨てにされてみたいので……なるべく頑張っていただけると嬉しいです」

 修太郎さんの、どこか意地悪な笑顔に、いつもとは違う意味でドキドキしてしまいました……。
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