あなたに、キスのその先を。
 そこで私をそっと(した)に下ろしてから、

「一人で、行けそうですか?」

 さすがに個室までついていくのはどうかと思うので……と笑う。そんな塚田(つかだ)さんに、私は真っ赤になってうつむいた。

「僕はリビングにいますので、転ばないように気をつけて。――何かあったらすぐに呼んでくださいね」

 言って(きびす)を返されたのを、私は半ば呆然(ぼうぜん)と見送る。

 塚田さんがリビングの扉を閉めるのを確認してから、私は壁にすがるようにしながら前進して、どうにかこうにか個室に入った。

 そうしながら、さっき塚田さんに「私には許婚(いいなずけ)がいるんです」とちゃんと言えなかった自分のズルさに落ち込んでしまう。

 許婚の存在なんて、塚田さんは父たちから聞いてとっくにご存知なんだろうな、と思いつつも、自分の口からは……健二(けんじ)さんのことを話したくない、と思ってしまった。
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