私のおさげをほどかないで!
「あ……ありかなしかで言うと……。あり……だと思い、ます……」

 そう応えるしかないじゃない。

 消え入りそうな小声で言った私を、奏芽(かなめ)さんが一瞬息を飲んでから、いきなりギュッと抱きしめてきた。

「――っ!」

 息を詰めて身体を固くした私に、奏芽さんが掠れたような低い声音で
()()……()()……」
 って戸惑いをにじませたつぶやきを落として。
 彼らしくない雰囲気に、私は人前で抱きしめられた恥ずかしさも忘れて意識をとらわれる。

 しかも――。
 気にしないようにしたいのに、この距離は奏芽(かなめ)さんの体臭(かおり)を嫌というほど私に植え付けてきて――。

「あ、あのっ……?」

 彼の少し長めの髪から漂う柑橘系の香りと、服からの柔軟剤の香り、それにほんの少し混ざる奏芽さん本人の香り。
 全部が混ざり合って、クラクラするほど抱きしめられているんだ、という実感を与えてくる。

 何だこれ、って言ったまま動きを止めてしまった奏芽さんに、「何が、何が?」って不安とともに心臓がうるさいぐらい反応してる。

「自分でもわけ分かんねぇって言ったら凜子(りんこ)、戸惑うよな」

 ややして奏芽さんが私を抱きしめたまま困ったように言って。
 私は「も、とっくに……その、戸惑って……ます」って恐る恐るその言葉を受けた。
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