私のおさげをほどかないで!
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 白くきらめく玉砂利(たまじゃり)のなかを、ゆるゆると道順を示すみたいに奥へと伸びていく、木曽石――花崗岩(かこうがん)――の丸っこい飛び石。
 足元をほのかに照らす小さな灯籠(とうろう)型ガーデンライトに導かれるように奏芽(かなめ)さんについて飛び石を渡って行くと、縦格子(たてごうし)の引き戸に、シンプルな生成(きな)りの(はん)暖簾(のれん)が掛かっていた。

 暖簾には墨でさらりと書き流したような流麗な文字で、「あまみや」とだけ書かれていて――。
 ぱっと見では何のお店なのかも分からない。

 奏芽さんは少しも逡巡(しゅんじゅん)することなくその暖簾をくぐって引き戸を開けると、何とも言えない(おごそ)かな雰囲気に気圧(けお)されて二の足を踏んでしまった私の手を、躊躇いがちにそっと取って中へ引き入れてくれる。

 黒々とした御影石(みかげいし)のタイルが床に敷き詰められた店内には、カウンター席が5席。
 それとは別に、2人向けの個室がひとつあるきりなのだと奏芽さんが教えてくれた。
 満席時には、店主の奥さまが個室への料理を運んでくださったりと、お手伝いをなさるらしい。
 個室に関しては完全予約制になっているそうで、それは奥様の都合がつけられるか否かが関与してくるためなのだと奏芽さんが笑う。

 従業員を雇わず、広告も打たず、表に看板さえも出さずに、知る人ぞ知るというスタンスで細々とやっているところが雨宮(あの男)らしいのだと奏芽さんに耳打ちされて、なるほどな、と思ってしまった。
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