私のおさげをほどかないで!
***

 きっかけは何でもない朝の挨拶だった。

「おはようございます」

 小走りで例の一軒家の前を通過しようとしていた私は、その声にふと足を止めた。
 後で思ったら、気づかないふりをして先を急ぐべきだったのだ。

 でも、私は立ち止まって……あまつさえその声に振り返ってしまったの。

 すると、思ったよりすぐ背後に若い男性が立っていて。

「っ……」

 避ける間もなくスッと伸ばされた手に、手首を掴まれてしまった。

 その瞬間、恐怖のあまり喉の奥でヒュッと声にならない悲鳴が漏れた。

「久しぶりだね、向井さん。せっかくだし、うちでお茶でもして行かない? 引っ越してきて1ヶ月近く掛かったけど……やっと色々()()()()()()()()んだ」

 ニコッと微笑まれて、私は硬直してしまう。

「あ、あの……手、離し……」

 かろうじて絞り出すようにその手を離して欲しいと訴えたら、まるで聞く気はないのだという風に、ギュッと力が込められる。
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