私のおさげをほどかないで!
***

 谷本くんのレジと私のレジ、ほぼ同時にお客さんがはけた。

 位置的に見て、2人は谷本くんの方に近かったので内心ホッとする。

 と、一瞬白衣の男と目が合った気がして、私は慌てて目をそらした。

(き、気のせい、気のせい……)

 くるっと後ろを向いて、そうだ! お手拭き減ってるから補充しておこう、と気持ちを切り替える。
 要は、あえて店内に背を向ける感じで、まかり間違ってもこっちには来ないでねってオーラを出したつもりだったんだけど。

「あの、すんません」

 予期せず背後から声を掛けられて、私はビクッとなる。

 女性の方の声はさっきからよく聞こえてきていたけれど、男性の方の声をハッキリ聞いたのはよく考えたらこれが初めてだった。

 思ったより落ち着いた声。寧ろ想像より低音でゾクっとさせられるような。
「はっ、はいっ」
 それで、返事した声がほんの少し上ずってしまった。

 こんな男にこの反応! 向井(むかい)凜子(りんこ)、一生の不覚です!

 振り向き様に恨めしげに谷本くん側のレジを見たら、何故かさっきまで金髪の彼――鳥飼(とりかい)さんと言ったかしら――にべったりだった女性の対応中で。
 内心「え? なんで?」と思う。
 絶対彼――眼前のこの男――から離れそうになかったのに……何があったの?

 思いながら、恐る恐る視線を目の前の金髪長身男に向けると、私と目が合った瞬間ニヤッと人懐っこく笑いかけてきた。
 そうしてまるで旧知の友に語りかけるように「レジ、頼める?」と声を掛けてくる。
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