私のおさげをほどかないで!
「ごめんなさいね」

 でも予想に反して、奥の間に入るなり向井さんは俺に頭を下げてきて。

 どうやらこの雰囲気から察するに「やっぱり娘と別れてください」という話ではなさそうだ。


「――?」

 いきなり謝られても、何に対する謝罪なのか計りかねてキョトンとした俺に、向井さんが声を低めて問いかけてくる。

鳥飼(とりかい)さんに聞くのはお門違(かどちが)いだと分かっています。でも、本人には聞けないから……。どうか教えてください。――凜子(りんこ)大学の方(あちら)で何かあったんじゃありませんか?」

 俺はその言葉にドキッとした。

 もしかしたら醤油のお使いも、俺と2人になりたくて、向井さんがあえて仕組んだのかもしれない。
 けど俺が凜子と一緒に行くって言っちまったから。こうするしかなかったんじゃないだろうか。

 俺は向井さんの言葉に驚きつつ、でも凜子の気持ちをくむべきだと判断して、(つと)めて動揺を表に出さないよう善処した。

 凜子が自らカミングアウトするならまだしも、俺から話すべきことじゃない。

 もちろん、親御さんの心配(きもち)も分からないわけじゃない。
 けど、俺には凜子が1番大事で、彼女の意にそわないことを勝手にするわけにはいかねぇんだ。

 向井さんには(わり)ぃけど。
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