私のおさげをほどかないで!
 何が「あった」とも「なかった」とも告げはしなかった。

 けれど、きっとこの人には分かってるはずだ。

 凜子(りんこ)自身が言わないから無理に聞こうとしないだけで、何か良くないことが娘の身に起こって――。

 だから今回こんな形で、俺がここに来たんだってこと。


 恐らく、この人は全てお見通しなんだ。


 その上で、それ以上は何も聞かずに、
「凜子のこと、くれぐれもよろしくお願いします」

 向井さんは俺に向かって深々と頭を下げていらした。


 俺はそんな凜子のお母さんを前に、「お約束します」と告げながら、託されたものの重みをひしひしと感じずにはいられなかった。


 俺の大事な凜子は、向井さん(このひと)にとってもかけがえのない存在なんだ。

 当たり前だけど、それを痛感させられた。

 それだけでも、俺はここへ来た甲斐があったんじゃないだろうか。
< 348 / 632 >

この作品をシェア

pagetop