私のおさげをほどかないで!
「あの、でも……」

 そんなことはないのだ、私、ここ最近ある男性からしつこいくらいからかわれてて……と言い募ろうとしたら、お客さんが入店なさって、話は有耶無耶なままに終了。

 自動ドアが開くと同時に流れた軽やかな入店音に、
「いらっしゃいませ、こんにちはぁ〜」
 2人の先輩が入り口に向かってにこやかにそう声掛けをしたので、私も気持ちを切り替えて2人に(なら)う。

 でも入ってきた人物を見て、私は思わず「ゲッ」って言いそうになってしまった。

 鳥飼(とりかい)奏芽(かなめ)

 常連なんだから日頃と違う時間帯にバイトに入っても出会う可能性は十分あったのに、私ってば何故か今日は会わないだろうってたかをくくっていたの。

「向井ちゃん、珍しいね、この時間帯に入ってるの」

 見つかる前にクルッと後ろを向いたつもりだったんだけど、間に合わなかったみたい。

 緒方さんと河野(こうの)さんの前でも通常運転らしい鳥飼さんの様子に、ゾクッとする。

 私に話しかけたら2人に変な尊敬されちゃうよ、鳥飼さん!とかどうでもいいことを考えてから、あ、でも……と思う。
 いつもみたく谷本くんや店長――要するに男性2人――とシフトに入っている時と違って、今日は他の店員さんも女性2人。しかも可愛い!
 チャラ男の彼だもの。きっと機嫌良くそちらに流れてくれるよね。

 それに。
 考えてみたら今、カウンター内に3人いるけれど、レジは2つしかない。私、カウンター(ここ)を出たらいいんじゃない。

 そう思った私は鳥飼さんの言葉にニコッと笑顔で会釈だけ返して、緒方さんと河野さんにゴミ箱の方を指さして、「外出てきます」って声をかける。

 店外に設置してあるゴミ箱の中身を捨ててこよう。
 さっき見た時、割といっぱいになってたし。

 鳥飼さんも今来店したばかりで外にはこないでしょ。
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