私のおさげをほどかないで!
 そこで、「次の方どうぞー」という、おそらく第一診察室――院長先生側――の方の声が聞こえてきて。その気配に、私はハッとする。


 大好きな奏芽(かなめ)さんのお顔が見られて、嬉しさで失念するところだった。


「奏芽さんっ、今って診察中じゃないんですか?」

 ソワソワしながらそう言ったら、奏芽さんってばニヤッと笑って「トイレ休憩」とか。

 だったらこんなところに寄り道してたらダメじゃないですかっ。

「トイレ、早く行ってきてください。――我慢したら病気になっちゃいますっ!」

 奥の職員用トイレを指差して、眉根を寄せながら彼の背中を押したら、何故かククッと笑われて。

「本ッ当、そういうところ、凜子(りんこ)らしくていいな」

 くるりと振り向いて、かがみ込むようにして頭をふんわり撫でられた。

 途端、前屈みになられた奏芽さんの胸元にキラリと黒光りするチェーンが垣間見えて、心臓がトクンと小さく踊る。
 普通にされている分には白衣とシャツに隠れて見えないけれど、私はその鎖の先に自分と(つい)になった三日月型のペンダントトップがあることを知っている。
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