私のおさげをほどかないで!
***

凜子(りんこ)っ。家ん中で待っとけって……」
 言っただろ?という言葉が続いたはずなのに、目が合った途端、それを半ばで飲み込んで、奏芽さんが私をギュッと抱きしめてきた。
 彼の胸元に鼻先を押し当てられた途端、柑橘系の香りが鼻腔を満たして、ドキドキする。
 奏芽さんの……においだ。

 奏芽さんが階段で、私が廊下という構図。数段分ほど奏芽さんが下にいらっしゃる関係で、いつもより顔が近い気がして戸惑ってしまう。

「そう言っておいても俺のこと考えて出て来ちまうのが凜子なんだよな。――あー、もう、ホント何ちゅーか」
 “そう言うところが堪んねぇんだよ”と耳元で溜め息混じりにつぶやかれて、その切なげな声音にゾクリとする。

「……あ、あのっ」
 気恥ずかしさにモジモジと身じろいだら、「すまん。苦しかったか?」って聞かれて。

 物理的に苦しかったわけではないけれど、精神的には現在進行形ですっごく苦しいです。

 思いながら奏芽さんを見つめたら、そこでやっと、彼の服装が目に入ってきたの。
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