私のおさげをほどかないで!
 私にとって、今の奏芽(かなめ)さんの立ち位置は……さしづめ懇意(こんい)になった、バイト先の常連さんに毛が生えた程度。

 奏芽さんは私と付き合いたいと意思表示してくれているから、こういう行動の数々もアプローチの一貫なんだろう……と思う。

 でも……私の方は――。

 何にも奏芽さんとのことに対する方向性を示していないのに、今のまま彼の厚意に甘えてちゃ、ダメなんじゃない?

 思考がドツボにハマって、思わず立ち止まってしまった。
 でも、考えるのに夢中になって、そこが奏芽さんの立ち位置から真っ直ぐ障害物なしで見通せてしまえる場所だという配慮が欠けていた。


「お、凜子(りんこ)! こっちこっち!」

 白のボルボにもたれ掛かって(たたず)んでいた奏芽さんが、私に気づいて身を起こすと、思いっきり手を振ってくる。
 その仕草に、奏芽さんに注目していた面々の視線が一気に私に流れてきた。

 やーん。穴があったら入りたい。むしろ穴掘って地中深くに埋まってしまいたいっ!

 痛いぐらいの好奇の目にさらされて、私は硬直してしまう。

 と、それに(ごう)を煮やしたんだろう。

 奏芽さんが愛車から離れると、大股で私の方へ近付いてきた。

 お願い、来ないでっ!
 って思うけど願い虚しく彼は私の目の前に立った。
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