腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
序章〜薪歌舞伎の夜〜
比叡山延暦寺でバスを降りると、下界に比べて温度がスッと下がったような気がする。
鮮やかな紅葉に囲まれた境内は涼気に満ちて、薪歌舞伎(たきぎかぶき)には最高の環境だ。向かいの東塔から徐々に見えてくる舞台の全貌は、野外公演とは思えない本格的なものだった。阿弥陀堂横に設えた舞台は、照明で浮かび上がって荘厳な雰囲気を醸し出している。

「わあ、すごい」

歌舞伎大好き……というか歌舞伎オタクの私は、東山の南座なら公演があればしょっちゅう行っている。だけど薪歌舞伎は初めてだ。比叡山のは人気が高くてそうそう取ることが出来ない。特に紅葉シーズンは観光と抱き合わせで観に来るお客さんも多いから尚更だ。
この時の私は、まだ知る由もなかった。憧れの歌舞伎俳優、松川左右之助(まつかわそうのすけ)と今夜出会ったことを境に……自分の運命がまるっきり変わってしまうなんて。
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