腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
そうだ、さっき彼自身が舞台の運営側だとも言っていた。しげしげと見続けて、やっと正体に気付く。
「松川左右之助!?」
あの薪歌舞伎の日の弁慶、その人だった。心の中の自分が黄色い悲鳴をあげている。
「いやや、御苑屋の若旦那やないの」
お母さんも小さく呟いて、食い入るように彼の顔を見上げた。
「驚かせてすみません」
「なんで若旦那があんたのお財布持ってるのよ」
「実は、薪歌舞伎の日にすられちゃって……」
「それであの夜、うちに泊まりにきたん!?」
あの日は舞台の余韻を消したくなくて、詳しいことを話していなかったお母さんが目を剥いた。でも、今はお母さんに構ってる場合じゃない!
「お礼に飲んでってください!」
「いえ、そんな」
「ご予定がおありですか?」
ここで帰してなるものか。気迫を込めて詰め寄ると、左右之助が困ったように微笑む。
「そういうわけではありませんが」
「だったら、ぜひぜひぜひ!!!お母さん、良いよね!?」
「え、あ、ああ……そやね」
「ご迷惑をおかけするつもりはありませんので」
「いえいえいえ、迷惑だなんて」
頑として譲らず、椅子を引いてみせる。
入り口近くに囲炉裏の設えがあって、ウェイティングスペースだったり、予約のない飛び込みのお客さんが飲んで行ったりするのに使われていた。
「このままお帰ししたらお店の恥になりますから!!」
「……では、少しだけ御相伴に預かります」
左右之助が折れる形で私と囲炉裏端に移った。お母さんが一度カウンターの中に引っ込むと、お酒とお料理を見繕って運んでくる。
「あんた、若旦那に気付かないなんて、アホ丸出しやないの」
「お母さんだって気付いてなかったじゃない」
「直接見たことがあるのはあんただけやろ」
「まあまあ」
母娘の言い合いに、左右之助が苦笑して間に入ってくれる。
「私服で気づかれないのは歌舞伎役者あるあるですよ。みなさん僕たちに対して、和服か衣装のイメージしかないですからね」
左右之助はテレビとかにほとんど出ないし、お化粧をしていない普段の顔ってパンフレットか専門誌に載ってるくらいだもんな。それも大抵、和服だし。ジーンズを履いてるなんて想像したことがない。いくら歌舞伎役者だって、三六五日和服着て化粧してるわけじゃないもんね。
「すぐに名乗れば良かったのですが、戸惑わせてしまうかなと」
「松川左右之助!?」
あの薪歌舞伎の日の弁慶、その人だった。心の中の自分が黄色い悲鳴をあげている。
「いやや、御苑屋の若旦那やないの」
お母さんも小さく呟いて、食い入るように彼の顔を見上げた。
「驚かせてすみません」
「なんで若旦那があんたのお財布持ってるのよ」
「実は、薪歌舞伎の日にすられちゃって……」
「それであの夜、うちに泊まりにきたん!?」
あの日は舞台の余韻を消したくなくて、詳しいことを話していなかったお母さんが目を剥いた。でも、今はお母さんに構ってる場合じゃない!
「お礼に飲んでってください!」
「いえ、そんな」
「ご予定がおありですか?」
ここで帰してなるものか。気迫を込めて詰め寄ると、左右之助が困ったように微笑む。
「そういうわけではありませんが」
「だったら、ぜひぜひぜひ!!!お母さん、良いよね!?」
「え、あ、ああ……そやね」
「ご迷惑をおかけするつもりはありませんので」
「いえいえいえ、迷惑だなんて」
頑として譲らず、椅子を引いてみせる。
入り口近くに囲炉裏の設えがあって、ウェイティングスペースだったり、予約のない飛び込みのお客さんが飲んで行ったりするのに使われていた。
「このままお帰ししたらお店の恥になりますから!!」
「……では、少しだけ御相伴に預かります」
左右之助が折れる形で私と囲炉裏端に移った。お母さんが一度カウンターの中に引っ込むと、お酒とお料理を見繕って運んでくる。
「あんた、若旦那に気付かないなんて、アホ丸出しやないの」
「お母さんだって気付いてなかったじゃない」
「直接見たことがあるのはあんただけやろ」
「まあまあ」
母娘の言い合いに、左右之助が苦笑して間に入ってくれる。
「私服で気づかれないのは歌舞伎役者あるあるですよ。みなさん僕たちに対して、和服か衣装のイメージしかないですからね」
左右之助はテレビとかにほとんど出ないし、お化粧をしていない普段の顔ってパンフレットか専門誌に載ってるくらいだもんな。それも大抵、和服だし。ジーンズを履いてるなんて想像したことがない。いくら歌舞伎役者だって、三六五日和服着て化粧してるわけじゃないもんね。
「すぐに名乗れば良かったのですが、戸惑わせてしまうかなと」