腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
2.過ちの一夜
ピコンという小さな音で、私はゆっくりと目を開けた。
「うーん……何の音──」
枕元のキャビネットに置いてあったスマホの画面が、パッと明るくなった。何かのポップアップが出ているから、この着信音だったのかもしれない。
『土曜日に出ます』
「……何が?」
覚えのないメッセージをしばらくぼんやり眺めていると、スマホの大きさも感触も自分のものとは違うことに気づいた。

あ、ヤバ。これ、私のじゃないや。慌ててキャビネットに置き直すと、周囲を見回した。
「ここはどこ?」
何で私の手元に、私のものじゃないスマホがあるの?瞬きのたびに鮮明になっていく視界に映るのは、繊細な模様の走る高い天井と品のいい小ぶりなシャンデリア。そして私の身体を受け止めるのは、柔らかい上質なシーツだった。
「私、どうして寝てるんだっけ?」

「目が覚めましたか」
隣の部屋から顔を出したのは、バスローブ姿の左右之助さんだ。シャワーを浴びていたのか、濡れた髪をバスタオルで拭きながら入ってくる。
「え……?」
状況がわからなくて混乱する私に、左右之助さんはクスッと笑みを零した。そのまま枕上に座って、ベッドがぎしっと音を立てる。キャビネットのスマホに目を留めると、さりげなく彼が画面を下に向けた。
「電車で帰ると言ったんですが、あまりにも日向子さんが眠そうだったから途中でタクシーを拾ったんですよ。覚えていませんか?」
「あっ」
そうだ、車のシートが心地よくて……座った途端、目を閉じちゃったんだ。
「乗って早々に寝てしまって、住所を聞くことができなかったので。近くのホテルにお連れしました」
「朧げながら……覚えて、います」
無防備にもほどがある。部屋まで運ばれても起きないなんて。
あれ、でも……アパートの住所は分からなくても、お店の連絡先は分かるよね。
なんでホテル???

「あの後の日向子さん、とても可愛らしかったですよ」
「え?」
「僕の大ファンだと言って、過去のお気に入りの出演作を次々と挙げてくれました」
「えええ」
ファンだって本人の前で自らばらしたの!?
私、バカなの!!?バカなの、私!!??

「先日の薪歌舞伎の感想もつぶさにお聞きしましたよ。これまでは左右十郎の芸風そっくりというか、息遣いまで完璧にコピーしているのではないかと思っていたと」
「うわあああ〜……」
恥ずかしい、最悪だ。なんてことを!本人に言う!?
「ところがあの夜は僕個人の気迫が込められていて、とても良かったと」
「もう……勘弁してください」
私は顔まで寝具を引き上げた。このまま消えてなくなってしまいたい。
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