腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
すらりと伸びた長身に、長い手足。端正な美貌に凛としたオーラ。いつもは品の良さや清廉さが漂う彼だけど、バスローブに濡れ髪の彼からなんとも言えない大人の色気を感じる。

歌舞伎役者としてしか見たことがなかったけど、彼も一人の男なんだ。

寝込みを襲うこともできたのに、律儀に私が起きるまで待って同意を求めた。もしかしたら、それは有名人としての安全策なのかもしれないけど……彼の誠意のように思えるのは、私の欲目だろうか。

玄兎さんはミネラルウォーターのボトルを片手に、フタを開けながらこちらへ戻ってきた。
「炭酸入りのほうがいいですか?」
「いえ、大丈夫です」
わざわざフタを開けてくれるとか、お水の種類を聞いてくれるなんて気遣い、これまでの薄い恋愛経験の中には皆目見当たらない。私が名乗りもしない一介の客の時から、彼の心配りには何度も胸を打たれている。
「ありがとうございます」
身体を起こしてボトルを受け取ろうとする私の目の前で、なぜか玄兎さんが水を煽る。
肩を片手で押さえつけられた瞬間──

「んっ」
何が起きたのか、しばらく理解できなかった。
気付けば玄兎さんの濡れた唇に、自分のを塞がれている。
「んん…っ」
「……」
唖然としているうちに、割り開かれた唇の隙間から程よい温度の水が流れ込んでくる。思わずごくりと喉を鳴らして飲みこむと、軽いリップ音を立てて唇が離れていった。
「な、に……」
今、何が起こったの……?

潤う唇を舐める仕草が、たまらなく艶っぽい。匂い立つ色気にあてられたように、無意識に背筋が震えた。
「ご所望のお水です」
ずるい。こんな……彼にこんなことされたら、抵抗できない。
「そん……な」
「足りませんか」
「あ…っ」
再びペットボトルを煽ると、また口移しで水を飲まされた。

その場にいた花魁が色気に当てられて全員キセルを差し出してしまったという、助六(すけろく)もかくやという色気だ。歌舞伎役者としてのイメージの中の彼とギャップがありすぎて、その艶に余計にやられてしまう。
水分を与えられたばかりの喉が、急速に渇いていく。
求めてしまいそうになる………私の意思とは関係なく火照っていく身体の叫びは、無視するには強すぎた。
「もっと飲みますか」
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