腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
5.波乱の新婚生活
左右之助さんが起き上がれるようになって、ずるずる忙しくなる前に私たちは入籍した。
紙切れ一枚のことだけど、左右之助さんはずいぶん安心したらしくメキメキと回復していった。
会社はそのまま退職した。きちんとご挨拶したいところだったけど、今は記者に追われているのでまた日を改めることになっている。そんなことも快く受け入れてくれて、本当にいい会社だったと改めて思う。

これで戸籍上は正式に夫婦だ。

南座興行は柏屋の全面協力を得て左右十郎を送る会を兼ねることになり、終わってから結婚式と披露宴をする予定でいる。

入籍した夜、森山さんが運転する軽トラで桐箪笥とケータリングをお母さんが届けてくれた。七さん、八重さんにも声をかけてみんなで食卓を囲んでいると、鴛桜師匠からはお花が届いた。パチンコ屋さんの開店でしか見たことがない巨大な花輪のセンス良いバージョンが届いて仰天したけれど、この家の玄関の広さだとしっくり収まった。
これが我が家かと思うと目眩がしたけど、それも徐々に慣れるしかない。

御苑屋の日常が戻って、送る会の準備が始まった。演目によってはうちの邸内もお稽古場として使うことになって、役者さんや裏方さんが出入りしている。
「奥様、すいませんけどお水を一杯いただけませんか」
「はーい、ご用意してます」
筆を置いて、お稽古場から出てきた役者さんや裏方さんたちにお水やお白湯、お茶を注いでは手渡していく。八重さんと一緒にこんな細々とした雑事をこなすのも、私の日常になりつつある。

「調子はどうですか、梅之丞さん」
「なかなか大変ですよ〜。何せ、いつもやってる演目じゃありませんからね」
そうなんだよね〜……まだ入籍だけだけとはいえ新婚なのに、そんな空気がまるでない。原因は『せっかく御苑屋と柏屋が合同でやるなら得意分野をいろいろ交換しよう』などと鴛桜師匠が言い出したせいだ。慣れない演目にみんなピリピリしていて、それは左右之助さんも例外ではない。
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