腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
6.御曹司の苦悩と初デート
最初こそ梨園初心者なんだから弁えようなんて思っていたけれど、すぐにそんな遠慮も吹っ飛んだ。
「朝から豪勢ですね」
私が準備した食卓を見て、左右之助さんが朝から涼しげな一瞥をくれる。
「普通ですよ。御曹司なのにこれで豪勢なんですか?」
「ええ、まあ」
用意したのはご飯、味噌汁、焼き魚と卵焼き、おひたし。それと美芳特製の佃煮各種。
「そりゃ、ないのに比べれば豪華でしょうけど」
「もう少し簡単に食べられるものでいいのですが」
「ダメです、ちゃんと食べないと力が出ません」
「時間が惜し……」
「食生活をちゃんとしないから倒れるんです」
左右之助さんがぐっと言葉に詰まる。

芸にはあれだけ熱心なのに……それとも熱心だからというべきなのか、左右之助さんは放っておくと自分の身体にあまり注意を払わない。今みたいにすぐに食事を簡単に済ませようとする。朝食を抜くこともザラにある。
結婚してからは、少なくとも夜は一緒に食事を取るようにしてくれているみたいだけど、お昼もおにぎりやサンドイッチなど立って数分で食べられるもので終わらせてしまう。
左右之助さんをお坊ちゃん扱いしている七さんや八重さんには、あまり強く言えないらしい。

これから、左右之助さんの健康に関することは私の担当だと心に決めていた。
この家をお稽古の拠点だけにしておくのは抵抗がある。家業の都合上仕方がないとはいえ、家庭の温かみを感じてもらいたい。それこそ左右之助さんのエネルギーになるように。

「いただきます」
一緒に食べ始めると、左右之助さんはまるで芝居のように食事をこなす。お味噌汁を一口飲んでほっと息を吐いた。
「美味いです」
「よかった」
「身体が温まります」
食べ方が惚れ惚れするほど美しい。育ちがいいってこういうことを言うんだろうな。

「実は……」
左右之助さんが箸を置いてつぶやく。
「俊寛の千鳥をやることになりました」

ん?
左右之助さんが?
千鳥を?
「左右之助さん……女形やるんですか?」
私の鸚鵡返しにあっさりと頷いた。
「得意分野を交換することになった一貫です」
左右之助さんの女形。
ふわっふわっふわっ……と妄想が浮かぶ。基本的に立役の左右之助だけど、女形も絶対似合いそうだ。思わず、左右之助さんの前にお茶を置いてにじり寄る。
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