腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「すっごくいいですよ!!」
「え?」
「絶対美人です。見たいです!話題性バッチリだし……すっごく綺麗な女形になること請け合いです!!」
「そ、うでしょうか?」
「そうに決まってます!」
想像するだけで、テンションが上がる。
「うわー、楽しみだな〜!千鳥」
千鳥もいいけど、左右之助さんならいろんなお役が似合いそうだ。
「これからもちょくちょく見られたりしないんですか!?」
「基本的には立役がメインだと……」
「静御前も綺麗だろうな〜。お光みたいな天真爛漫なのもいいし……四谷怪談のように怪しいのもいいですね。雲の絶間姫(くものたえまひめ)もいいな!かっこいい女スパイ。ああー、どれも似合いそう……!!」
左右之助さんがあんぐりと口を開けるに至って、ハッと我に帰った。
「ハッ……妄想が噴き出しました」
左右之助さんがぷっと吹き出した。
「考え込んでいたのがバカらしくなってきました」
「考え込んでいたんですか?」
「鴛桜師匠に、お前の千鳥には生活感がないと言われてしまいましてね」
ため息が深い。
「これでは桜枝の二の舞です」
「うーん」
左右之助さんが弱音を吐くなんて珍しいな。
「じゃあ私を思い浮かべるのはどうでしょう」
「日向子さんを?」
「おこがましいかもしれませんけど、左右之助さんの身近にいる庶民ですから」
「なるほど……と言っていいのでしょうか」
「いいですよ、事実ですから」
用意した食事をきれいに食べ終え、笑いながら律儀に胸の前で両手を合わせる。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
礼儀正しいその所作にも心が温まる。ほんのわずかな時間でも、一緒に食卓を囲むと言うのはいいものだ。左右之助さんもそう思ってくれていればいいんだけど。
「いいものですね」
時間が惜しいと言うわりに、左右之助さんは席を立とうしなかった。
食後に緑茶でも淹れようかと立ち上がると、ふと、背後で手を引かれる気配がする。
「何ですか?」
「家族ができたんだなと思いまして」
「え……」
「千鳥も嬉しかったでしょうね」
「あ」
そのまま私の腕を取り、あろうことか私を膝に座らせてしまう。
「な、なんですか。こんな朝っぱらから」
「だから、家族になったんだなあと」
座った状態で抱きしめられて、間近で声が甘く響く。鼓動と温もりを嫌と言うほど全身で感じる。
「好きになった少将と結ばれて、しかも少将の仲間二人が家族になってくれるという。鮑の殻で、水で酌み交わした盃でもどれほど嬉しかっただろう」
左右之助さんの笑顔に釣られて、思わずセリフが口をついて出てくる。
『千鳥、酒も盃もないけど、俊寛様が二人のことを祝ってくださるよ』
間近で顔を見合わせて、左右之助さんがクスッと笑みを零した。
『ただめでたい、めでたいという詞がすなわち三々九度じゃあ』
「貴女は勧進帳だけでなく、俊寛まで誦じられるんですか」
「オタクを舐めないでくださいね……っ」
クスクス笑って、額に唇が触れる。名残惜しそうに私を離して、左右之助さんが立ち上がる気配がした。
「では、そろそろ行かなければ」
「はい、行ってらっしゃい」
照れ臭く思いつつ彼の背中を見送る。名残惜しそうに私の方に振り返ることに少しだけ驚くけど、それが近頃では当たり前になってきているような空気を感じる。
少しずつ、左右之助さんがいる生活が普通になる。馴染んで、浸透して、それが日常になっていくのが不思議だった。
「え?」
「絶対美人です。見たいです!話題性バッチリだし……すっごく綺麗な女形になること請け合いです!!」
「そ、うでしょうか?」
「そうに決まってます!」
想像するだけで、テンションが上がる。
「うわー、楽しみだな〜!千鳥」
千鳥もいいけど、左右之助さんならいろんなお役が似合いそうだ。
「これからもちょくちょく見られたりしないんですか!?」
「基本的には立役がメインだと……」
「静御前も綺麗だろうな〜。お光みたいな天真爛漫なのもいいし……四谷怪談のように怪しいのもいいですね。雲の絶間姫(くものたえまひめ)もいいな!かっこいい女スパイ。ああー、どれも似合いそう……!!」
左右之助さんがあんぐりと口を開けるに至って、ハッと我に帰った。
「ハッ……妄想が噴き出しました」
左右之助さんがぷっと吹き出した。
「考え込んでいたのがバカらしくなってきました」
「考え込んでいたんですか?」
「鴛桜師匠に、お前の千鳥には生活感がないと言われてしまいましてね」
ため息が深い。
「これでは桜枝の二の舞です」
「うーん」
左右之助さんが弱音を吐くなんて珍しいな。
「じゃあ私を思い浮かべるのはどうでしょう」
「日向子さんを?」
「おこがましいかもしれませんけど、左右之助さんの身近にいる庶民ですから」
「なるほど……と言っていいのでしょうか」
「いいですよ、事実ですから」
用意した食事をきれいに食べ終え、笑いながら律儀に胸の前で両手を合わせる。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
礼儀正しいその所作にも心が温まる。ほんのわずかな時間でも、一緒に食卓を囲むと言うのはいいものだ。左右之助さんもそう思ってくれていればいいんだけど。
「いいものですね」
時間が惜しいと言うわりに、左右之助さんは席を立とうしなかった。
食後に緑茶でも淹れようかと立ち上がると、ふと、背後で手を引かれる気配がする。
「何ですか?」
「家族ができたんだなと思いまして」
「え……」
「千鳥も嬉しかったでしょうね」
「あ」
そのまま私の腕を取り、あろうことか私を膝に座らせてしまう。
「な、なんですか。こんな朝っぱらから」
「だから、家族になったんだなあと」
座った状態で抱きしめられて、間近で声が甘く響く。鼓動と温もりを嫌と言うほど全身で感じる。
「好きになった少将と結ばれて、しかも少将の仲間二人が家族になってくれるという。鮑の殻で、水で酌み交わした盃でもどれほど嬉しかっただろう」
左右之助さんの笑顔に釣られて、思わずセリフが口をついて出てくる。
『千鳥、酒も盃もないけど、俊寛様が二人のことを祝ってくださるよ』
間近で顔を見合わせて、左右之助さんがクスッと笑みを零した。
『ただめでたい、めでたいという詞がすなわち三々九度じゃあ』
「貴女は勧進帳だけでなく、俊寛まで誦じられるんですか」
「オタクを舐めないでくださいね……っ」
クスクス笑って、額に唇が触れる。名残惜しそうに私を離して、左右之助さんが立ち上がる気配がした。
「では、そろそろ行かなければ」
「はい、行ってらっしゃい」
照れ臭く思いつつ彼の背中を見送る。名残惜しそうに私の方に振り返ることに少しだけ驚くけど、それが近頃では当たり前になってきているような空気を感じる。
少しずつ、左右之助さんがいる生活が普通になる。馴染んで、浸透して、それが日常になっていくのが不思議だった。