腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
追い出すように桜枝さんを送り出し、左右之助さんが私の手を引く。
「左右之助さん?」
夫婦の寝室に引っ張り込まれて、そして──ベッドに押し倒された。
「えっ」
突然のことに全く思考が追いつかずに、頭が真っ白になる。
「何を話したんです?」
左右之助さんが逃げ場を封じるように、私の顔の真横に手を置いてくる。
「出るときに桜枝の車とすれ違った気がして、胸騒ぎがしたから戻ってきてみれば……まさか本当にうちに上がり込んでいるだなんて」
「それで戻ってきてくれたんですか」
「当たり前でしょう」
今日は七さんが別のお稽古に出ているし、八重さんもお休みだ。心配して、わざわざ引き返してくれたのだろうか。何よりも大切なお稽古をドタキャンしてまで。
「大したことは話してないですよ。プロポーズされたのか、とかどんなデートしてるのかとか」
なんで左右之助さんが怒っているのかがわからない。っていうか、怒ってるんだよね、これ。
「あとは契約結婚なのか、とか」
「なんて応えたんです?」
「プロポーズに関しては言いたくない、デートは美芳、契約結婚についてはそういう側面は否定しないって感じですかね」
「なるほど」
毒気が抜かれたように、左右之助さんがバツが悪そうに上半身を起こす。
間違いなく苛立ってはいるんだろうけど、私に怒っているというわけじゃないらしい。
「二人きりでいるのを見て驚きました」
「……本当にヤキモチなんですか?」
「だから、そうだと言ったでしょう」
今度もまた否定されなかった。ざわついていた胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「おそらく、僕達の結婚について探りを入れにきたんでしょうね」
「それは──私も思いました」
そろそろと身体を起こして、左右之助さんと隣り合って座る。
「桜枝さんがあまりにも何もご存じないのでびっくりしました」
「だから……焦るのかもしれませんね」
私だってお母さんに相談したのに、桜枝さんは鴛桜師匠に家のことは一切聞かされていないんだろう。少なくとも、御苑屋との提携に関しては左右之助さんと揃って記者会見しているから、見ようによっては自分よりも頼りにされているとも取れる。南座興行のお役についても不満。
……それでもしかして、探りに来たのかもしれない。
「ちなみにプロポーズに関しては、なんで応えなかったんですか」
「だって、言いたくないです」
「だから、なぜ」
「大事な思い出なのに」
「大事な……」
左右之助さんの口元が僅かに上がる。
「……もしかして、喜んでいますか?」
「ええ、盛大に」
「そうなんですか……!」
「分かりませんか」
正直言って、明確にわかるとは言えない。
「日向子さんが羨ましいです、表情豊かで」
「ふふ」
何かと短くなってしまう夫婦の時間だけど、こんなに心が近づくような気やすい感覚は初めてだった。
「こんな僕だから、千鳥になれないんでしょうかね」
「……っ」
初めて聞く、左右之助さんの弱音だったかもしれない。
「ともかく、もう桜枝を一人で家に上げるようなことはしないでください」
「そうします」
「女性に慣れていますからね」
「確かに、人を小馬鹿にしている時の桜枝さんは苦手ですけど、本人が務めて愛想よくしている時は話しやすいですね」
「……ああいうのがいいんですか」
「え?」
質問の意味がわからない。
「どういうことですか?」
「あのぐらいの方が貴女は話しやすいのかと思って」
「左右之助さんにそうしてほしいとは思いませんけど」
左右之助さんは私を見つめたまま沈黙する。
「左右之助さんは、左右之助さんじゃないですか」
ヤキモチを焼いたり、それを否定しなかったり、拗ねたり、今日の旦那様はなんだか可愛らしい。気付くとそろりと手を伸ばして抱き締める。顔を見上げても望んだような変化はなかったけど、身体の力が緩むような感覚が伝わってきた。
「左右之助さん?」
夫婦の寝室に引っ張り込まれて、そして──ベッドに押し倒された。
「えっ」
突然のことに全く思考が追いつかずに、頭が真っ白になる。
「何を話したんです?」
左右之助さんが逃げ場を封じるように、私の顔の真横に手を置いてくる。
「出るときに桜枝の車とすれ違った気がして、胸騒ぎがしたから戻ってきてみれば……まさか本当にうちに上がり込んでいるだなんて」
「それで戻ってきてくれたんですか」
「当たり前でしょう」
今日は七さんが別のお稽古に出ているし、八重さんもお休みだ。心配して、わざわざ引き返してくれたのだろうか。何よりも大切なお稽古をドタキャンしてまで。
「大したことは話してないですよ。プロポーズされたのか、とかどんなデートしてるのかとか」
なんで左右之助さんが怒っているのかがわからない。っていうか、怒ってるんだよね、これ。
「あとは契約結婚なのか、とか」
「なんて応えたんです?」
「プロポーズに関しては言いたくない、デートは美芳、契約結婚についてはそういう側面は否定しないって感じですかね」
「なるほど」
毒気が抜かれたように、左右之助さんがバツが悪そうに上半身を起こす。
間違いなく苛立ってはいるんだろうけど、私に怒っているというわけじゃないらしい。
「二人きりでいるのを見て驚きました」
「……本当にヤキモチなんですか?」
「だから、そうだと言ったでしょう」
今度もまた否定されなかった。ざわついていた胸が、ぎゅっと締め付けられる。
「おそらく、僕達の結婚について探りを入れにきたんでしょうね」
「それは──私も思いました」
そろそろと身体を起こして、左右之助さんと隣り合って座る。
「桜枝さんがあまりにも何もご存じないのでびっくりしました」
「だから……焦るのかもしれませんね」
私だってお母さんに相談したのに、桜枝さんは鴛桜師匠に家のことは一切聞かされていないんだろう。少なくとも、御苑屋との提携に関しては左右之助さんと揃って記者会見しているから、見ようによっては自分よりも頼りにされているとも取れる。南座興行のお役についても不満。
……それでもしかして、探りに来たのかもしれない。
「ちなみにプロポーズに関しては、なんで応えなかったんですか」
「だって、言いたくないです」
「だから、なぜ」
「大事な思い出なのに」
「大事な……」
左右之助さんの口元が僅かに上がる。
「……もしかして、喜んでいますか?」
「ええ、盛大に」
「そうなんですか……!」
「分かりませんか」
正直言って、明確にわかるとは言えない。
「日向子さんが羨ましいです、表情豊かで」
「ふふ」
何かと短くなってしまう夫婦の時間だけど、こんなに心が近づくような気やすい感覚は初めてだった。
「こんな僕だから、千鳥になれないんでしょうかね」
「……っ」
初めて聞く、左右之助さんの弱音だったかもしれない。
「ともかく、もう桜枝を一人で家に上げるようなことはしないでください」
「そうします」
「女性に慣れていますからね」
「確かに、人を小馬鹿にしている時の桜枝さんは苦手ですけど、本人が務めて愛想よくしている時は話しやすいですね」
「……ああいうのがいいんですか」
「え?」
質問の意味がわからない。
「どういうことですか?」
「あのぐらいの方が貴女は話しやすいのかと思って」
「左右之助さんにそうしてほしいとは思いませんけど」
左右之助さんは私を見つめたまま沈黙する。
「左右之助さんは、左右之助さんじゃないですか」
ヤキモチを焼いたり、それを否定しなかったり、拗ねたり、今日の旦那様はなんだか可愛らしい。気付くとそろりと手を伸ばして抱き締める。顔を見上げても望んだような変化はなかったけど、身体の力が緩むような感覚が伝わってきた。