腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
大体、今日はデートのはずなのに。
「玄兎さんは私の買い物でいいんですか?」
「何かいけなかったですか?」
「私の買い物で楽しめます?」
男性は、女性の身につけるものなんて見に行っても退屈なだけだと思っていた。いつだったか元彼に買物に着いて来られて、タバコを吸いに行ってしまったことを思い出す。

「日向子さんに似合うものを選ぶのは、十分楽しいと思うんですが?」
「……そうなんですか?」
「日向子さんを見ているだけでも十分楽しめます」
「……っ」
すごい殺し文句に、一気に頬に熱が上がる。
「そんなのが楽しいんですか」
「いつも面白いですよ」
「いつも!?」
「家の中でも、お稽古中でも、よく働くなあと思いまして」
いつの間にか普通の声のボリュームで話す私たちを見て、店員さんがクスクスと笑っている。

「可愛らしい奥様ですわね」
「物を欲しがらない妻なので、困ります」
私が戸惑っているうちに、玄兎さんと一緒にお店の上階奥のフロアにごくさりげなく誘導されている。
これは、もしかしてV I Pフロアというやつなのでは。
ふかふかの絨毯の上にさらにふかふかのラグとソファが置かれ、スワロフスキーで彩られたテーブルにはシャンパンとグラスが用意されている。
「今日はどのようなものをお探しでしょうか」
「この後、食事に行こうと思っているので合うようなものを。今のワンピースも素敵ですが、雰囲気の違うものでもいいですね」
「でしたらビビッドな色のものや少し大胆なラインでもいいかもしれませんね」

店員さんと玄兎さんの間で、あれよあれよという間に候補がいくつかピックアップされていく。店員さんはアドバイスするけれど、率先して見て回ってはこれがいい、あれがいいと指示するのは玄兎さんの方だった。
無駄遣いは苦手だけど、こうして私のために気に入った服が目の前で選ばれていくのには正直ワクワクした。まして選んでくれているのは私の夫で、退屈どころかはしゃいでいる気配すら感じられる。
こんなに幸せな時間があるだろうか。
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