腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
「お洋服や帯も嬉しかったですよ。でも……」
「でも?」
「やっぱり二人で使うものとか二人の生活を居心地良くするものの方が、一緒に選ぶなら楽しいかもしれません」
意外そうに、玄兎さんが涼しげな双眸を見開いた。

「それこそ、これで」
カゴに入れたピーラーを手に取ると、作りたいレシピが次々と浮かんでくる。
「栄養に無頓着で体を労らない旦那様に、美味しいお鍋で元気出してほしいなとか」
「……確かに」
顔を見合わせて、また思わず笑い合う。
ふと目の前を見ると、可愛らしいペアの湯呑みが置かれていた。
「こんな湯呑みで一緒にお茶を飲みたいなとか」
湯呑みには、可愛らしいウサギの柄がついている。

「そういえば、玄兎って月のうさぎって意味じゃないですか?」
「ご存じでしたか」
私が触れていた湯呑みを手に取ると、持った感触を確かめるように玄兎さんが何度か向きを変える。
「これ、いいですね」
「気に入りました?」
「ええ」
玄兎さんと色違いの方を持ってみると、しっくりと手に馴染んだ。
「買いましょう」
「はい!」
二人で選んだ、二人の湯呑み。
なんだか照れ臭いような、むずがゆいような不思議な気分だった。

玄兎さんが視線を落としたまましみじみと呟く。
「三々九度の盃の代わりにした鮑の殻だって、きっと二人で選んだなら楽しかったことでしょうね」
思いを馳せたのは、俊寛の冒頭で千鳥と成経が祝言を上げるシーンのようだった。
「そうかもしれません……きっと、そうですよ!」

成経と千鳥が暮らした場所は当時の地図にも載っていないような流罪の地で、食べるものや飲むものにも事欠く日々だった。当然、祝言を挙げようにも必要な物資が整うはずもない。二人が三々九度を交わしたのは鮑の殻だし、御神酒の代わりにしたのはただのお水だ。
「それでも、もしかしたらこの殻の方が綺麗だとか言い合って、二人で選んだのかもしれない……浜辺で拾ったのかな」
「鮑の殻って打ち上がるんですか?」
「それは……なさそうですね」
「千鳥は海女だから、漁で取ってきたものの中から綺麗なのを選んだのかもしれませんよ」
「ああ……」
納得したように何度も小さく頷く。
「なんだか、千鳥の気持ちが分かった気がします」
玄兎さんの中に、成経と千鳥が生きて、息づくのが側から見て目に見えるようだった。
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