腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
終章〜終演の夜〜
美芳には行くことなく、二人で下鴨の家に帰宅する。部屋に戻った途端、息が止まるほどきつく抱きしめられた。
「左右之助さん」
「玄兎」
 咎めるような声で、さらにしっかりと抱き込まれる。
「玄兎さん、痛いです」
「……っ」
「痛いです……」
力が緩む気配が全くしなくて、玄兎さんは離してはくれない。だから、それ以上は私も、何もいえなくなってしまった。

「玄兎さん、ごめんなさい」
「謝らないでください」
「私のせいで……鴛桜師匠の前で嘘を吐かせて」
「いいんです」
「みなさんにも口裏合わせをさせるだなんて──」
「運が良かった」
子供をあやすように、頭を撫でられる。
「いえ……運ではない。日向子さんの人望です」
噛み締めるように言うと、玄兎さんは私の頬に包みように触れた。囁かれる声も、触れる手のひらも全部が愛おしい。

「刀がなかった時には焦りましたけど、日向子さんの顔を見て正気を取り戻しました」
「そんな、だって左右之助さんは冷静に場を繋いでいたのに」
「興行が失敗すれば、一門の進退に関わります」
「そうですよね」
「──と、ちょっと前の僕なら言っていたでしょう」
「え?」
「ただ夢中でした」
顔を上げると、予想外に優しい玄兎さんの笑顔に出会う。

「日向子さんのおかげで出会えた僕の千鳥を、あそこで終わらせたくなかった」
「……んっ」
有無を言わさず、壁に追い詰められて唇を塞がれる。もう1秒も待てないような、急ぐような……そんなキス。
胸の奥が優しく締め付けられて、甘い痺れが波紋のように身体を満たしていった。
「日向子さんが好きです、心から」
「私も……玄兎さんが好きです」
玄兎さんが私の手を引いた。その勢いのまま……再び唇を塞がれていた。ベッドサイドの照明だけにすると私の手をシーツに押さえ、そのままキスの位置を変える
「んっ」
初めはためらうような口づけが、次第に熱っぽいものに変わる。

繰り返されるキスに息が上がる。何度もキスを交わしたはずだし、身体をつなげたこともある。なのに、身体の奥まで溶け合うような感覚は初めてだった。
やっと本当に、玄兎さんと素顔で繋がれる気がする……
「もう、何も考えないでください。僕のこと以外」
「は、い……」
玄兎さんの言う通り、すぐに他のことなんて考えられなくなって……すべてを暴くようなキスに、ゆっくりと溺れていった。
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