『request』短編集
「蒼空…さん……」
脳内は何も考えられない状態。
真っ白で、私が求めているものはたったひとつで。
いつから私は
こんなにも積極的になったんだろうか。
ジッと見つめられるその視線から逸らせずに
(好きです、蒼空さん…)
ゆっくりと、顔を近づけて─────
「葵」
大きめの声に
ピタッと私の動きが止まる。
「………ダメですか?」
「ダメだ。」
「………………」
普段ならちゃんと言う通りにするのだけど
今はどうも守れそうになくて
ジッと固まってしまう私に
「離れろ」
蒼空さんは私に触れようとはせず
言葉だけで離そうとする。
蒼空さんは私に触れたことがない。
私だけではなく、女の先輩方にも。
もちろん、それがなんでかってことくらい分かってるよ。
この人が触れたいと思うのは私でもなければ先輩方でもない。
左手の薬指につけられた輝くリングがそのことを示してる。
「蒼空さんは…ズルいです。女は優しくされると好きになっちゃう生き物なんですよ…」
泣きそうになる気持ちを隠して、スっと縮まっていた距離から離れる。
「お先に失礼します…おやすみなさい」
目は見れず、俯きながらその場を立ち去った。
無意識にも早足になって、急ぐように。
(なにしてるんだろう私…)
こんなこと、するはずじゃなかった。
そばにいられるだけで良いと思ってた。
いつも通り、先輩後輩として話せるならそれでいいと思ってたのに…
「つくづくツイてない…」
なんでこの人を好きになってしまったんだろう。
既婚者なのに。
愛おしい人がいるってこと知ってるのに…。