『request』短編集
「………時、戻してーな」
「っ、」
少しの沈黙の中、唐突に言われたその言葉。
それは……あの出来事をなかったことにしたい、ということ…?
蒼空さんにとっては迷惑な出来事だもんね…
そう思われても仕方が……
「ごめんな、気づいてやれなくて。」
「…………え?」
俯きかけていた顔がふと上がる。
「気があること、早くに気づいてあげられなくて悪かった」
「いや!謝らないでください…!蒼空さんは何も悪くないです!!」
合わせる顔がないと思っていたけど、私の視線は自然と蒼空さんへ。
そんな彼はどこか真剣な表情を浮かべていて──
「俺…お前のことある人と重ねて見てた。鈍臭いけどなんでも全力で取り組む所とかそっくりで。だからこそ、教育担当だからとか関係なく、困ってたら助けてあげたくなるし気にかけてた。」
聞かなくても分かる、" ある人 "とは奥さんのこと。
蒼空さんが、心の底から愛してる人。
優しくされていたことも、鈍臭い私に手を貸してくれたことも、傘を貸してくれたことも
全ては私と奥さんが似ていたからだということ。
「似たところがあったとしても、お前は上原葵なのにな。」
そうですよ、私は上原葵です。
誰かと似ていたとしても、私は世界でたった1人しかいないんですよ…。
「毎回100枚印刷するところも、ロビーでガチめのストレッチし始めるところも、全部お前がしてたことだし。」
「変なところばかり…」
私のツッコミに蒼空さんは無邪気な笑みでクスクスと笑って。
「こうやって周りを笑顔にさせるところも、葵の良いところだよ。……けど、俺が心から大切にしたいと思える人はこの世に1人だけだから。」
そう言って、柔らかい笑みを浮かべ指輪を見つめる蒼空さん。
「だから、ごめんな葵。」
なんでだろう。
より一層神々しさが増した気がする。
「蒼空さんはやっぱりズルいです…。」
フラれているにも関わらず、そこまでショックは大きくない。
分かっていたことでもあるし、なおかつ…