『request』短編集
「帰宅時間とっくに超えてるけど…」
「いや~…実は家の鍵どこかで落としちゃって。家に着いてから気づいたんだよねー…仕事場にあるかなって思って来てみたんだけどさ」
「え。それ結構ヤバいやつじゃない?」
「やめて!言わないで!現実逃避してるから今!!」
「いや意味分かんないから」
耳を塞いでその場にしゃがみこむ葵さん。
だけどスグに「あ、ところで」と顔を上げて話を変えてきた葵さんは本当に現実逃避をしている模様。
「タバコ、吸うんだね?」
「………悪い?」
「ううん、全然。意外だなぁって思っちゃっただけ!泉くん全くタバコの匂いしないから」
「基本吸わないからね」
「今は基本じゃないの?」
「ねえ……あんまり深入りしないでくんない?」
ストレスは未だに発散出来ておらず、別にイラつく程じゃないとしても冷たい言葉で返してしまう。
「俺と葵さんって別に仲良いわけじゃないよね。なのにズカズカと入ってこられると疲れる」
シーンと静まるこの空間。
最悪。だいぶ居心地が悪い。
でもそうしたのは紛れもなく俺。
葵さんはただ疑問に思ったから聞いてきただけなのに。
「………ごめん。今結構余裕ない。
……鍵、見つかるといいね」
クシャッと灰皿にタバコを押し付けてその場を後にする。
ふわっと香るこの匂いは紛れもなく自分にこびり付いた匂いだ。