『request』短編集
「なあ」
「あ……なに?」
唐突な会話の始まりに俺は桜井から視線を外す。
罪悪感がまだ残っている俺は桜井の目を見て喋れないから。
「なんで行かなかったわけ?」
「なんでって……人混みに疲れたからだよ」
言うと、桜井は「ふーん」と何かを考え始めたようで。
俺はこの会話に「?」の文字を浮かばせて桜井の言葉を待つ。
なんだ急に…?
俺が疑問に思っていることに気づいたらしい桜井は「……ああ、」と、腕を組んで。
「お前のことだからずっとくっついたままだと思ってたけど、意外だったわ」
「…………………」
桜井は過去の俺を思い返してそう言ったのだろう。
確かに、その通りだ。
あの時の俺は華がそばから離れることが許せなかった。
片時も離れないでいて欲しかった。
俺のものだけであって欲しかった。
……なのに今じゃ、「行ってきな」と彼女に笑顔を向けて送り出している。