『request』短編集
また顔を俯かせた葵さんに俺は内心焦っていた。
泣かせたんじゃないか、そう思って。
(……最低だな、俺)
わざわざここまで来て
また俺に『好き』の文字を伝えに来た。
それが事実なら今俺は最低なことをしている自覚はある。
事実なら、の話だけど。
「………………」
黙り込んでしまった葵さんの口元から手を離す。
「………ほら、早く」
帰ってくれ。
そう言いかけた─────瞬間。
「っ!」
離した手を掴まれたかと思えば
ドンッ!とそのまま床へと押し付けられた。
まるで葵さんに床ドンされているかのような体勢。
風邪を引いているせいでもあるだろうけど、意外にも力が強くて、身動きがとれなくなる。
そして頬に何かが落ちてくると
俺は葵さんの顔を見上げてギョッとした。
「私……今日見たんだよ、蒼空さんが奥さんと一緒にいるところ。前の私なら一緒にいるところ見るだけで凄く嫉妬してた。なのに今は何とも思わないの…」
「葵さ……」
「先輩と2人っきりで出張に行くだとか、先輩と連絡先を交換していることだとか。仕事をしていれば普通のことなのに……嫌なの。行って欲しくないって、思ってる」
「………………」
「今日だって、先輩に泉くんの家どこか聞かれたのに……答えられなかった。違う、言いたくなかった。こうやって2人っきりになんてなってほしくなかったから…!」
「…………うん」
葵さんの涙を見るのは初めてだった。
いつも天真爛漫なその姿に似合わない泣き顔。
ポロポロと溢れ出るそれは止まる様子を一向にみせなくて、俺は緩くなった葵さんの手をゆっくり払い除けると彼女の目元を拭った。
「ねえ、泉くん…」
そしてまた、葵さんが口を開く。
「これが恋じゃないなら……この気持ちは一体なんなの…?」
弱々しい声で。
俺にそう問いかけて。