政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 今日のこの席のことが決まった時、浅緋はそれを確認するつもりだった。

 けれどこんなに早くにキッパリ、それも女将に片倉が言うなんて、思わなかったから。
 それに自然に『浅緋さん』と呼ばれたのも、どきん、とした。

 浅緋の周りにいる男性といえば、父の会社の人たちで、それこそ父くらいの年齢の人は浅緋さんと呼ぶけれども、会社では普通に園村さんと呼ばれている。

 こんな男性に『浅緋さん』なんて呼ばれたことはないのだ。

「浅緋さん?」
「はい」
 頬が熱い。

 もしかして、赤くなってしまっているかもしれない。
 それを片倉に見られているのかと思うと、とても恥ずかしい。

「お食事はお任せで構いませんか?」
「はい。結構です」

 名前を呼ばれただけ。
 たったそれだけのことなのに、こんな風になってしまうのが分からないし、いかにも物慣れない自分が恥ずかしい。

「大丈夫ですか?」
 眼鏡越しに心配そうな瞳で、片倉は浅緋を覗き込んできた。
 その整っていて、端正な顔にもドキドキする。
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