政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 浅緋は社長室の前に立つ。
 本当はまだ中に元気な父がいるのではないかと思うけれど、そんなことはないことは分かっている。浅緋は思いを振り切ってドアをノックした。

「どうぞ」
 中から聞こえてきたのは、比較的若い男性の声で、もちろん父とは違う。

 そうよね……と浅緋は分かっていたことではあったけれど、寂しい気持ちでドアを開けた。
「失礼します」

 浅緋がドアを開けると、中にいた男性が振り返る。
 部屋の中にいたのは、片倉とそれほど年齢の変わらない男性だ。
 身長も片倉と同じくらいに背が高くて、浅緋には少し威圧感があって怖い。

 その人はじろっと浅緋を見やった。
 高い身長と切長の瞳、濡れ羽色というのか真っ黒な髪の持ち主で、その鋭い目つきと雰囲気はまるで黒い狼のようだ。

 社長室の入り口で立ち尽くしてしまった浅緋の方に、彼は歩み寄ってきた。

「園村浅緋です」
「知ってる。俺はここに派遣されてきた槙野祐輔(まきのゆうすけ)という。園村さん、前社長のお嬢さんなんだって? 君が片倉の政略結婚のお相手なんだな」
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