政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 そのひんやりとした言い方に、浅緋は背中から水を浴びせられたような気持ちになった。
 槙野の言うことは間違っていない。

 片倉に大事にされていたから、忘れた気持ちになっていたけれど、確かにその通りなのだ。

『政略結婚』

 ハッキリと槙野にそう言われて、改めてそうだったのだと浅緋は理解する。
 父の遺言がなければ、片倉は浅緋と婚約などすることはなかったかもしれない。

 あれほど素敵な人なのだ。
 どうして今まで、そのことに考えが及ばなかったのか……。

 片倉が優しいのも、婚約者だと思ってくれるのも、父の遺言があるから。
 託された会社のことがあるから。

 浅緋は、自分の血の気が引いていくのを感じた。そうして視界も暗くなったような気がする。

 槙野はふと気づいたように、浅緋の顔を見た。
「なんだ、驚いたような顔をして。知っていて婚約したんだろう?」

「……はい」
「じゃあ、驚くことではないと思うが。指輪もしているんだな」
そうして槙野は、浅緋の左手を無造作に手に取る。
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