政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 くるりと背を向けて手を振る槙野を見送って、片倉はため息をついた。

「浅緋さん、帰りましょうか」
「はい」

 帰りは片倉の運転だった。
 そういえば、浅緋は片倉が運転する姿を見たのは初めてだ。

「慎也さん、運転されるんですね」
「ええ」

 いつもならばとても優しいのに、今は何だか片倉に余裕がなさそうに見える。
 忙しいところを無理して迎えにきたのかも知れない、と思い浅緋は申し訳ない気持ちになった。

「お忙しかったのなら……すみませんでした」
「いや、そんなことは浅緋さんは気にしなくていいんです」

 少しだけ柔らかい雰囲気。
 最初、浅緋が片倉のマンションに引っ越した当時は、お互いぎこちなくて、言葉も探していた。

 最近はそんなこともなくなりかけていたのに、今は何だかとてもぎこちない空気に包まれている。

 マンションの地下駐車場に車を入れ、エンジンを止めた片倉は車を降りた浅緋の手を取った。
 何も不安などないはずなのに、さっきから言いようのない不安のようなものが浅緋を包む。
< 51 / 263 >

この作品をシェア

pagetop