政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
「こちらこそ、そんな濡れたままでお待たせしていたなんて。どうぞお上がりになってください」
「いえ。ここで」
 女性ばかりの自宅に上がるのは、遠慮したのかもしれなかった。

「どうぞこちらを」
 澄子さんが差し出したタオルを彼は優しい笑顔で受け取る。

「ありがとうございます」
 そうして、彼は髪を拭いて、コートの水気を軽く抑えていた。

「どうぞお上がりください」
 母はもう一度勧めた。

「いいえ。それは今日はご遠慮させていただきます。後日、またお伺いいたしますので」

 外は雪が降っていて気温も低く、玄関先では寒いと思うのだが、彼は頑なに部屋に上がることは固辞する。

 浅緋と母は顔を見合わせた。
「あの……では、待合を使っていただくのは?」
「そうね。そうしましょう」

 園村家の玄関の横には3畳ほどの広さの水屋のような待合がある。

 訪ねてくる人の運転手さんなどに待っていただくための小部屋だ。

 椅子が一脚と小さなテーブルもあった。
「澄子さんお茶をご用意して」
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