政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
「素敵な方だと思いました」
「話したわけでもないんだろうに」

「ええ。けど他の方とお話をされているのを拝見したんです」
「では、浅緋は君に託す。そうだな……君、書くものは持っているか?」

 片倉は常にメモを取れるようにリーガルパッドを持ち歩いていた。
 その黒いホルダーを園村に渡す。

「よし!遺書を書く!」
「は?!」
 遺言ではなく『遺書』。

 会社のことについては、顧問弁護士や顧問税理士と相談しながら正式な遺言書を残してあると聞いていた。

 これはそういうものではない。

 園村はたった一人の娘が心配であること、とても大事に思っている事、そして、託すならこの人物しかいないと思っていることなどを連綿と書き綴っていった。

 静かな病室にさらさらと紙にペンを走らせる音が響いていたあの空間を、片倉は忘れないだろう。

 このままにしていても、必ずしも浅緋が望むようなことにはならないかもしれない。
 けれど、この人物は信頼に足る人物だから、と。
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