買われた娘は主人のもの
 静まり返る室内。
 エイミと執事長であるテイルは立ったまま見つめ合っていたが、彼のほうがようやく口を開いた。

「…逃げ出そうとしなかったそうだな」

 そう突然言われ、エイミは思わず│狼狽《うろた》える。

 執事長の役割上、主人から教えられたのだろうか?
 エイミはなんとか頷きながら返事をする。

「…は、はい…」

「なぜだ?」

 彼はすぐさまそう聞き返す。

「な、なぜ、って…」

 すぐには答えられなかった。

 まさか、
逃げ出せば殺されるかもしれないと思った、
など、執事長であるこの男に言えるはずもない。
 それに、自分が買われたおかげで両親は金の取り立てに困らなくなったのだから。

「嫌がっていただろう」

 少々強めの口調で問われたエイミはためらいがちに答える。

「…逃げられないと…思って…。それに、私を買っていただいたおかげで、両親が助かったなら…」

 エイミは、過ごした昨晩に自分が嫌がっていたことを、なぜ彼が知っているのだろうと思った。
 もしかしたら部屋の外に自分の叫び泣く声が聞こえていたのかもしれない。

 そう思うと、エイミは恥ずかしさに泣きそうになった。

「…どんなに泣き叫ぼうとも、お前を逃がすわけにはいかない」

 そうはっきりと言い切るテイルの言葉を聞き、エイミは涙を浮かべたまま口をつぐんだ。

「…。」

「…主人の、命令だ…」

 テイルは呟くようにそう加えると、スッと立ち上がり部屋を出ていく。

 部屋に一人残されたエイミは、泣きながら床の敷物に伏せた。
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