買われた娘は主人のもの
 初めての、異性との口付け。

 もう誰にも言えるはずはない。ましてコリーンになど、なおのこと。

 自分を気遣ってくれるコリーンの、その上司にあたる執事長のテイル。
 コリーンは執事長を信用しているはず。

 その彼がまさか、拾ってきた子犬同然の自分を膝に乗せたまま口付けたなど、あの主人に知られればただでは済まないだろう。
 なぜ彼にそんな事をされたのかなど分かるはずもない。

 自分の初めての口付けの相手は、まさかのあの執事長。

 二つも秘密を抱えてしまったエイミは、なんとか考えないよう、素知らぬ顔でコリーンといつものように雑用をこなすしか無かった。



「お掃除今日もお疲れ様、エイミ。今のうちにゆっくり休んでおきなさいね?まあ、急いで食事してこれからお役目だし、私に洗われているけど…」

 夕刻、コリーンはエイミにそう話しかけながら、浴室で水が入らぬよう耳を折ってしゃがみ込むエイミの頭を洗う。

 湯を掛けられて泡を流されたあとプルプルと頭を震わせるエイミを見て、コリーンは楽しげに笑った。

「ふふっ、あなたは本当に子犬みたい。ほら、拭きなさい」

 慌てて手渡されたタオルで顔を拭き上げコリーンを見ると、彼女は声を押し殺して笑っていた。

「っ…可愛い…!ね、ほっぺたにキスをしてもいい??…もちろん、そのあとには流しておくから、ね?」

 彼女は小さな声でエイミに持ちかける。
 エイミは、一番位の低い自分にキスをしたいと言われたことに驚いたが、これがお屋敷ならではのことなのかもしれないと思い頷いた。

「はい、嬉しいです。…でもコリーン様、なぜ先ほど顔を洗っていただいたのに洗い直すのですか?」

 首を傾げて尋ねるそのエイミの問いに、コリーンは困ったように笑って返した。

「…万が一があったときに、ね…」

 コリーンは宣言通りエイミの頬に優しく口付けると、名残惜しそうにしながら濡らした布で拭き取ったのだった。
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