買われた娘は主人のもの
「おはようございます、テイル様、バラド様…」

「おはようございます…」

 いつも通り頭を下げ挨拶をするエイミとコリーン。

 しかしさすがのコリーンもあの大荷物をここに持ってくるものだとは思わなかったらしく、エイミとともに驚いている。
 コリーンはエイミの顔をチラリと見たあと、少々下を向き『これよ』と声を出さずに言った。

「娘のそばに置く。コリーン、開けろ」

 テイルは無表情のままコリーンにそう指示をする。

「…!はい、テイル様」

 コリーンは突然名を呼ばれ戸惑っていたが、すぐさまいつもの調子を取り戻して返事をした。

 コリーンが荷を解くあいだ、エイミは呆然と立ち尽くしたままだった。

 確かに今、彼は『娘のそばに置く』と、そう言った。役目を果たす自分のそばに置かなければならなくなるものとは何なのか。

 自分を子犬の代わりに口付ける、変わり者の執事長。
 そうなると何を持ってこられたとしても不思議はない。

 エイミは緊張をしながらコリーンが大箱を開くのを待った。


「!!」

 ようやく開き箱の中身を見たコリーンは目を見開いた。
 気になったエイミもそっと箱に近付いて覗き込む。そして、

「わあぁ…!!」

と、思わず感嘆の声をあげた。

 中に入っていたのは両手で抱きしめるほど大きな、愛らしい犬のぬいぐるみだった。

 ボタンでできたつぶらな目と、垂れた長い耳、身体を拭くのに良さそうなフワリとしたタオル生地の体と四本の足。

「…テイル様、これは…」

 コリーンは唖然とぬいぐるみを見つめたまま尋ねる。

「娘の仲間だ」

 テイルはきっぱりとそう言い切る。
 エイミは意味が分からず首を傾げた。

「…私…の…??」

「そう、お前の仲間だ。仲間がいれば怯えず済むだろう」

 テイルは真面目な表情で返す。

 そう言われたエイミは、この屋敷で自分がコリーン以外の相手にはまだ緊張をしたままだったことに気付いた。

(私の仲間…友達…?だからこの子は犬なんだ…)

 しかし、感覚がズレていようとこれは初めてのテイルの心遣いなのだろう。それに愛くるしい犬のぬいぐるみの姿に、エイミは嬉しくなった。

 自分の友達、ということは、この愛らしいぬいぐるみは自分がもらったも同然なのだから。

「っ、ありがとうございます、テイル様…!!」

 エイミが喜んで礼を言うと、テイルはいつもの真面目な表情を少しだけ崩した。

「こいつはお前の仲間だ。お前が世話をしろ」

「はい、テイル様…!!」

 エイミはこの屋敷に来て初めての、とびきりの満面の笑顔でそう返事をした。
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